異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-5
「……ここまで顔のそっくりな人間が結婚した例はない。私は従妹をこよなく愛しているが、とんでもないナルシストだと周囲に思われるかと思うと……」
なるほど、当人にとっては深刻な問題だ。
「……それでファスティーヌさんを十年待たせているんですか」
「……」
沈黙が、肯定する。
「殿下がここでファスティーヌさんを見捨てたら、ファスティーヌさんに新しいご縁が舞い込む事は……ないですよね」
ぎく、とユートバルトが動きを止める。
「どんなに寛大な男性でも、十年も王子と親しくしていた女性を妻に迎える事には二の足を踏むでしょうし」
何かがおぼろげに見えてきて、深花は眉間に皺を寄せる。
「……人を借りてもよろしいですか?」
「……人を?」
怪訝そうなユートバルトに、深花は言う。
「王妃様に、お目通りの許可をいただきたいのです」
ユートバルトの部屋から出ていくと、外廊下でティトーとジュリアスが待っていた。
「深花!」
ジュリアスからいきなり名前を呼ばれたかと思うと、じろじろ眺められる。
「一体二人で何を話してた!?」
「何って……殿下から相談を受けてただけだけど?」
戸惑いながら答えると、ティトーが驚く。
「相談?」
「はい。私が殿下と親しくないからこそ、思い切って打ち明けてくださいまして……今は王妃様にお目通りできるかの回答待ちです」
「伯母貴ぃ!?」
知らぬ間に事態がどんどん進んだ事は、ティトーの度肝を抜いたらしい。
目をひんむいて、ティトーは部屋に駆け込んでいった。
「……立ち話も何だ。ちょっと聞かせて欲しいから、こっち来い」
「うん」
踵を返したジュリアスの後ろについて、深花は近くにある小部屋に入った。
椅子が三脚置かれただけの、待ち合い室というにも粗末な部屋である。
「……で、何があった?」
椅子に腰掛けながら、ジュリアスは尋ねる。
「何って……詳しい事は言えないわよ。殿下は、私と親しくないからこそ打ち明けてくださったんですもの」
それは言外に自分と親しい相手には言うなと釘を刺されたのだと、深花は解釈した。
将来は国の中枢に関わる事になる男達に、口外できる話ではない。
「分かった分かった。概要だけでいい、簡単に……」
ふとジュリアスは黙り込み、まじまじと深花の顔を見つめた。
「……お前、ティトーとしてないな?」
僅かな頬の赤らみを識別し、ジュリアスは言う。
「え……あぁ、うん。とてもそういう事する雰囲気じゃなかったし」
神機を動かした代償は、じわじわと深花を浸蝕するようになっている。
ゆっくりとだが確実にやって来る衝動の事をティトーが忘れていたのなら、ユートバルトの婚約騒ぎはよほどの衝撃だったのだろう。
「それに、殿下の部屋でって訳にも……」
ジュリアスは深花を引き寄せると膝の上に座らせて、その唇を塞いだ。
「や……!」
いきなりのキスに驚いて、深花は腕の中から逃れようと足掻く。
「お前なぁ……」
唇が、耳を食み始めた。