異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-3
「いきなり基地を飛び出しちまったんだ。戻ったらザッフェレルに謝らないとな」
それから、二人は黙り込む。
聞かされた話の内容が内容だけに、世間話などで間をもたせる雰囲気ではない。
「……あの」
それでも深花は、疑問を一つ口にした。
「それ……二人の心の中を覗いた時って、どんな感じだったんですか?」
質問に、ティトーは眉をしかめる。
「どうっていうほどのものはなかったな。俺達は元から顔見知りで一緒に過ごしていた時間が長いし、お互いを無二の親友と考えてるって裏付けがとれたくらいで……まぁ、その裏付けが無茶苦茶恥ずかしかったんだけどな」
親友の心の闇を知ってしまった事は、ティトーにとってたいした問題ではないらしい。
「……俺達に心を晒す決心でもついたか?」
デリケートな話だけに、殊更優しくティトーは尋ねる。
「いつかはやらなきゃな、とは思います」
慎重に、深花は答えた。
それを聞いて、くすりとティトーは笑う。
「そう、いつかでいい。単独行動を取る時がある俺達三人と違って、ミルカは常に誰かの傍にいる事で価値が出る。無理して心を開く必要はない」
そう諭されると、深花は頷くしかない。
「ただ、な……心の中で他人に知られたくない事を隠す術は、何回も心を開いていくうちに自然と習得できるんだ。閉心を覚えたいなら、少ししんどい思いをしなきゃならない」
「はい」
ふと、ティトーが思案顔になる。
「どうかしましたか?」
「あー……さっきのジュリアスは珍しく心を閉ざしてたから、変だと思ってな。あいつ、普段は全部オープンにして通わせてくるのに……」
将来的には嘘や欺瞞と付き合わなければならない立場のくせに、ジュリアスはそういう類の事が嫌いだ。
だから意思を通わせる時は隠し立てなどした事はないのだが、今日は必要最低限の通達だけでその他の領域は完全に封鎖している。
知られたくない何かが、親友の身に起こっていた。
「!」
居間に続く最初のドアが開く気配に、深花の肩がびくりと震える。
「……来たか?」
部屋に入ってきたのは、ユートバルトだった。
元から苦悩の表情を張り付けていた顔が、二人の姿を認めるとますます重くなる。
「久しぶりだな、ユートバルト」
毒のある刺を含んだ声が、ティトーから発せられた。
「噂を聞いて飛んできた。よもや、真実じゃないだろうな?」
「……私には、そのつもりはない」
ユートバルトの声は、苦しげだった。
「ならばなぜ!?」
ドン!と音を立てて、ティトーはテーブルに拳を叩き付ける。
「……母上が噂を流したのだ。どのような腹積もりか、私には謀りかねる」
ティトーの顔が、怒りから面食らった表情になる。
「伯母貴が?」
ユートバルトは頷いた。
「私だって、否定できるものなら否定したい。しかし、母上の号令となると……迂闊に否定する訳にはいかない」
ため息をついたユートバルトは、弁明を続ける。
「今しがたも、母上と膝を詰めて話をしてきたばかりなのだが……思い切りはぐらかされたよ」
「伯母貴がか……」
少し考え込んだティトーだが、すぐにユートバルトを睨みつけた。
「……このまま、侯爵令嬢と婚約を進める気じゃないんだろうな?」
ティトーは椅子から立ち上がり、ユートバルトの胸倉を掴む。
「姉を不幸にしてみろ。貴様は俺の怒りを個人的に買う事になるぞ」
「……分かってる」
詰め寄るティトーの手に、何かが触れた。
軍人とは思えないほど白く華奢な、深花の手だ。
「熱くなりすぎですよ、ティトーさん」
深花の一言で、ティトーは大きく息を吐いた。
「……だな」
胸倉から手を離すと、ティトーはドアに向かった。
「少し頭を冷やしてくる」
ティトーが部屋を出ていくと、ユートバルトは深花を見た。