異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-24
「ここにいたか」
ティトーの声に、ジュリアスは視線で深花の姿を追う事を止めた。
「よう」
軽い挨拶をして、ティトーを見る。
「ナンパは済んだのか?」
ティトーは、僅かに顔をしかめた。
「俺だって、そういう気分じゃない時もある」
「……そうだな」
姉と離れてしまった事を祝福した日に誰かを口説く気には、さすがになれないだろう。
男も女も好きになれる性癖を自覚して悩むティトーをありのままに認めてくれたのもその事に偏見を持たないよう両親を説き伏せたのもファスティーヌだったと、ジュリアスは聞いている。
仲のいい姉と弟が、素直に羨ましい。
「……ところでどうした?」
ティトーの声に、ジュリアスは首をかしげた。
「何がだ?」
「とぼけるな。らしくもなく、隠し事なんかしやがって」
ティトーは、首の宝石を示した。
「フラウは突っ込む気がないが、俺は思い切り突っ込ませてもらうぞ。一体何を隠してる?」
これ以上とぼけても無駄なのは経験から分かるので、ジュリアスはあっさり降参する。
「聞いて笑うな」
「おう」
「深花に惚れた」
答を聞いたティトーは、しばし硬直した。
「……本気で?」
「本気で」
「……そうか」
腕を組み、ティトーは唸る。
「それであの時面白くなさそうだったわけか……」
色々と思い当たる事があり、ティトーは唸り続ける。
「しかし、深花か……どうして深花なんだ?」
ティトーの質問に、ジュリアスは答える。
「庇護する対象と意識せず、俺の素性を知っても態度を変えない女だからだ」
その答に、ティトーは納得した。
ジュリアスだってこの年になる前に、思いを寄せる相手というのが何人かいた。
けれど、駄目なのだ。
いかに見た目が清純でいろんな事に目が眩む事のなさそうな女でも、ジュリアスが身分を明かせば欲望で目の色を変えた。
そういうものを取り払ったありのままの自分を見て欲しいジュリアスにとって、その振る舞いは惚れた腫れたとうつつを抜かすためにしてはいけない行為だった。
メナファもフラウも深花も、自分の身分を知った上でそれがどうしたのと笑い飛ばしてくれる。
だからこんなにも強く、深く心惹かれるのだ。
「となると……神機搭乗後のアフターケアは、お前に譲った方がややこしい事態を招かずに済むな」
親友から嫉妬を受けるくらいならその機会を委譲した方が、自分の精神衛生にいい。
ティトーにとって深花は愛らしい妹分という表現が一番近く、決して恋愛の対象ではない。
「フラウの方は知らないが、俺の分はお前に譲ってやるよ」
「……感謝する」
深花がティトーと寝たともやもやした気分を抱え込まなくてよくなり、ジュリアスは素直に礼を言う。
「はー……あ」
話し込んでいた二人は、踊り疲れた深花が休息と気分転換を兼ねてこのバルコニーまで逃げてきた事にさっぱり気づかなかった。