異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-21
「そういう人間が潜伏してるって事実が、あたしは何より恐ろしいんだけど」
フラウは呟き、針を示した。
「まあ人間なんて、どこで恨みを買ってるか知れたもんじゃないしね。とりあえず、周辺の警戒は怠らないようにして。窓の傍も近づかない事。三人のうち誰かが飛ばした指示には即座に従えるよう、神経を研ぎ澄ませておくのよ」
フラウの警告に、深花は頷く。
「ちょっとザッフェレルの所に行ってくる。フラウ、深花についてろ」
「ええ」
しかし……正体不明の針以外、めぼしい手掛かりは一切見つからなかった。
そんな事をしていても、月日は巡る。
ユートバルトとファスティーヌの挙式日八日前に、四人は王城入りした。
ティトーはユートバルトの傍につき、フラウとファスティーヌは婚礼衣装に友人として縫い糸を入れるという伝統のおまじないをしながら色々な事を話していた。
その間に深花は以前譲られたドレスとほぼ同じサイズで仕立てられたドレスを試着し、お針子達に仕上げてもらう。
当日の式次第も打ち合わせが済み、楽士達に対するお願い事や簡単なリハーサルも済んでしまえば特にする事もないため、深花は一人で過ごす時間が次第に増えていった。
知らねばならない事が山積している身にとって過去の事が手軽に学べる上に婚礼の準備でおおわらわな城内の誰も邪魔しない静かな蔵書庫は、そんな深花にとってうってつけの場所だった。
ただ気になるのは……ジュリアスの存在である。
読み込んでいる書物からふと視線を上げると、たいてい近くで自分を見守っている。
気短な性分の男にしては珍しく、そんな時の眼差しは驚くほどに優しくて柔らかい。
そんな目で見守られている事にくすぐったい気恥ずかしさを感じながら、慌てて視線を書物に落としてしまうのだ。
そうすると紅い瞳がますます優しくほどけるのが感じ取れて、深花はどうしたらいいのか分からなくなる。
でも見つめるなと抗議する気は不思議と起きず、時間は粛々と流れていく。
そんな事をしているうちに、国民的行事の始まりである。
式そのものは、非公開で進められた。
少人数が城内の聖堂に集められ、二人を待っている。
左右十列に並んだ木製のベンチに全員が腰掛け、咳をする事さえ許されないほどの静謐な空気が流れている。
参列者は一列目左側に国王・王妃とその身辺警護に当たるお付きの者。
右側にはティトー・ジュリアス・フラウ・深花の四人で、二列目以降はユートバルトとファスティーヌの友人達や親戚だ。
後は式次第を進める四神殿を纏める役の大司教と、隅のスペースに楽団が控えている。
初めて入った聖堂は、それなりに広い。
聖堂中央を貫くバージンロードらしき絨毯は、四精霊を祀る祭壇の前まで伸びている。
祭壇は結婚式にふさわしく磨かれて飾り付けられ、天井に近い位置で四色の鏡が輝いていた。
深花は改めて、自分の格好を見下ろす。
自分が司る土の色をイメージした、金茶色と黒のスマートなドレス。
少し大胆に前身頃が開いていて、乳房が半分くらい露出している。
下着で寄せ上げた胸を見たティトーに軽口でからかわれ、ジュリアスは赤くなって視線を逸らしたいわくつきのドレスである。
髪には大粒の宝石があしらわれたアクセサリーが控えめに編み込まれ、首元には身分を証明する黄色い首飾りが光る。