異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-2
やはりそこにも部屋の主はいなかったらしく、ティトーは苛立ちを隠せない顔で椅子に座り込んだ。
それからテーブルの端に置かれていた魔具を手に取り、どこかに向かって話し掛ける。
「……そうか。ありがとう」
求める答の一部が手に入ったらしく、ティトーの表情が少し変化した。
「……あの」
恐る恐る、深花は尋ねる。
「全然事情が飲み込めないんですけど……」
心底申し訳なさそうな顔を見て、ティトーはようやく深花をあちこちに振り回してもみくちゃにしていた事に気づく。
「……すまない。動揺しすぎてて、何も事情を説明していなかったな」
王室に関わりのあるリオ・ゼネルヴァの人間なら当然知っている事だったので、ついつい説明を省略していたが……深花は何も知らないのだ。
そんな人間に説明するという事を忘れてしまうくらい深花の存在は自分に馴染んでいたのに気づき、ティトーは少なからず驚く。
「とりあえず、これを見て欲しい」
ティトーは、懐に突っ込んだままにしていた羊皮紙を取り出した。
「もう、文字は読めるよな?」
「はい」
ティトーから羊皮紙を受け取ると、深花は紙面に目を走らせた。
「……これは……」
深花は、喉の奥で呟く。
羊皮紙には、ジュリアスの字で『ユートバルトとレンターナ侯爵令嬢、婚約の噂』と走り書きされていた。
走り書きのくせに字体は非常に流麗で、深花は変な所で感心してしまう。
「レンターナ侯爵令嬢の一方に、うちの姉がいる」
ティトーは、不機嫌な声で付け加えた。
「姉とユートバルトはこの十年というもの、ずっと一緒に過ごしてる。ユートバルトの遠征や公式の場では常に姉が隣にいるし、パーティーのファーストダンスはほぼ姉のものだ」
「恋人同士……って事ですか?」
深花の言葉に、ティトーは頷く。
十年というティトーの言葉で、深花は問題の核が見えた気がした。
そんな長期間ファスティーヌと関係を結んでおきながら、この噂……ティトーが怒るのも無理はない。
「……ご家族思いなんですね」
多少行き過ぎているような気もしたが、元いた場所より家族の絆が強そうな世界だから別段気にする事はないのだろう。
「我ながら、シスコン気味だとは思うがな。まぁそういう理由で、俺はユートバルトに真相を問いただそうと大急ぎでここまで来た訳だ」
なのに部屋の主、ユートバルトはどこかに出かけている。
ティトーの苛立ちの理由が分かり、深花はため息をついた。
「それで、殿下はどちらに?」
おそらく先程の通信はユートバルトの側近に行方を問い合わせたのだろうと思い、深花はそう尋ねる。
「……側近にも内密で行方をくらましやがった」
不機嫌に、ティトーは吐き捨てた。
「姉の元へ釈明に行った形跡もない。あいつが戻ってきたら、一発ぶん殴りたくなってきた」
言いながらぽきぽきと指の関節を鳴らすのだから、迫力倍増である。
「あ」
「お?」
不意に、ティトーのペンダントが光った。
「ジュリアスか……」
ペンダントを握り、ジュリアスとティトーが話し出す。
光が消えると、ティトーが言う。
「フラウが事務手続きを済ませるから、到着が少し遅れる。ジュリアス自身は今、街道を突っ走ってもうすぐ城に到着するとさ」
そう言ってから、ティトーはため息をついた。