異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-14
ジュリアスに手を握られたままの深花は、このまま留まるしかない。
弟に対するジュリアスの苦手そうな態度を見るに、留まっていてやった方がよさそうでもある。
「兄上。どうしていつまでも平民の手など握って」
「深花を侮辱するな」
苛立ちを隠さない顔でジュリアスは言うと、小さくぼやいた。
「全く、貴族は万能に偉いわけじゃねえぞ……」
頭を掻きむしって気を取り直すと、ジュリアスは深花の手を痛くならない程度に握り締めた。
「それよりお前、結婚したって?基地まで知らせが回ってきたぞ」
エルヴァースの顔が、嬉しそうに輝く。
「はい!マレッタ侯爵の三女、リュクティスが相手です!」
「あー。結婚おめでとう」
「少しでも早く兄上のお役に立ちたくて……兄上はいつ、家に戻られるのですか?神機パイロットの役は後進に任せて、政治世界の事を学ばれないと……」
ジュリアスが、うんざりした表情を覗かせる。
「それはお前が立ち入っていい問題じゃない」
その態度を見て、愛だの恋だのにうつつを抜かせるようになったらジュリアスは実家と復縁する気になるのだろうかと、深花は思った。
ジュリアス自身にパイロットを引退する気は当分ないわけで、一体どうするんだろうかとは思う。
「す、すみません……ただ僕は、純粋に兄上が心配で」
「余計なお世話だ。俺は自分の意思で未来を選んでいる。お前に干渉される謂れはない」
エルヴァースの心配を切り捨てると、ジュリアスは言った。
「いいか、俺は当面実家に戻らない。親父と話し合う機会はまだ設けない。俺の役に立ちたいなら、次会う時までにその凝り固まった貴族主義を何とかしておけ。俺が接している人間は、平民が多い。今度お前が彼らを蔑むのを見たら、俺はお前をぶん殴るぞ」
深花からするとちょっときついのではないかと思える台詞を諭すと、ジュリアスは深花の手を引いた。
「行くぞ。ティトーとフラウが待ってる」
「あれでよかったの?」
馬に揺られながら、深花は問う。
「あ?」
よく聞こえなかったので、ジュリアスは体を傾ける。
「弟なんでしょ?何だか態度が冷たかったじゃない」
体をかがめると深花の息が耳にかかって、背筋がむずむずした。
「……俺とお前の付き合いもそれなりに長くなってきてるが、俺の気性は弟の貴族優先主義を当然とか面白がるように見えるか?」
「……見えないわね」
むしろそういうものを、大嫌いと感じる男だ。
「そういうこった。どういう理由か知らんが昔っからなつかれてるけど、あの主義だけは変わらない。そして俺はああいうのが大っ嫌いなんだ」
なかなか面倒な話である。
「あいつが結婚したマレッタ侯爵の三女、リュクティスも貴族優遇は当然と主張する女だ。エルヴァースと気は合うだろうが、俺は近づきたくないな」
自分の親友に対しても偉そうに接する弟を見るにつけ、フラウや深花と接触させるのは避けた方がいいだろうなと思う。
今日だって、エルヴァースは深花に苗字がない事へ突っ掛かっていた。
はっきり確認していないのだが……弟が妻共々ミルカ非歓迎派だったりしたら、深花と正式に対面させたら無残な事になるのは目に見えている。
「まあ……あいつは洗練された環境が大好きだから、わざわざむさ苦しい基地まで出張ってくる事はないだろ。まず心配はいらないだろうが……もしもお前一人の時にあいつが基地に来たら、俺ん所に来い。あいつの主義主張は、お前にとって毒だ」
そこまで念を押されると、さすがに深花の顔が曇る。
「……苦労してるのね」
その表情が自分へ向けられたものであると知らされ、ジュリアスは頬を赤らめた。