異界幻想ゼヴ・ヴェスパーザ-10
窓から王城の方角を見上げながら、ファスティーヌは沈み込んでいた。
十年間、傍にいる事を許された男は……もうすぐ、自分の天敵と言っても差し支えないほどにいがみ合ってきた女と婚約する。
自分にユートバルトが求婚を決意するだけの魅力がなかったのだろうと思っても、鬱々とした気分が晴れる事はなかった。
「ふ……」
ため息を一つついて、ファスティーヌは侍女を呼んだ。
「お呼びでございますか?」
「ええ。度の強いお酒を、一杯ちょうだい」
飲まなければやっていられない気分なのは侍女にも分かったようで、侍女は無言で一礼すると去っていった。
「ユートバルト……」
自分の腕に爪を立て、ファスティーヌは嗚咽を堪える。
彼が従兄である事も顔がそっくりである事も何もかも承知の上で、この十年傍にいた。
外見や血の繋がりの濃さを差し引いてもユートバルトの内面を尊敬し、愛しているのだ。
そう、愛している……今も。
感情と心の傷口が生々しすぎて、癒えるのには何年もかかるだろう。
ユートバルトを正面から見据えて堂々と笑える日がくるには、たぶん十年も二十年もかかるに違いない。
「ユートバルト……!」
せめて明日からは普通の面持ちを保てるように今日の所は酔い潰れて泣き明かしてやろうと、ファスティーヌは決めた。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。そこへ置いてちょうだい」
振り向かずに言うと、ファスティーヌはため息をつく。
「飲んで泣いて、忘れましょう」
ひとりごちると、ファスティーヌは振り向こうとした。
酒の方へ体を向けた途端、後ろにいた人物と衝突する。
「きゃ……!」
「おっと」
聞き覚えのある声に、ファスティーヌは愕然とした。
顔を上にやると、そこにあるのは自分とそっくりな顔。
「ユートバルト……!?」
何故とかどうしてとか、頭の中には質問が渦を巻いた。
その全ては喉から溢れる事なく、一生封印される事になる。
「今更と笑わないでくれよ。愛している、ファスティーヌ」
少し背をかがめて、ユートバルトは唇を重ねた。
ファスティーヌの目はユートバルトの向こうに、酒を運んできた侍女の姿を捕らえる。
侍女は嬉しそうに微笑むと、ゆっくり一礼して踵を返した。
「……止めて」
ファスティーヌはそっぽを向き、ユートバルトを拒否した。
「レンターナと婚約するんでしょう?どうしてここに来たの?」
ユートバルトは、優しくファスティーヌを抱きしめる。
「妻にしたい女性を迎えに来た。一緒に来て欲しい」
「馬鹿言わないで。伯母はレンターナを選んだんでしょうに……」
「侯爵令嬢の事はどうでもいい。私は君を迎えに来た」
もう一度、ユートバルトは口づける。
「母の意図はただ一つ。私に早く妻を選べと、尻を叩いているだけだった」
「嘘!」
両手でユートバルトの胸を叩き、ファスティーヌは暴れる。
「嬉しがらせを言わないで!私を傷つける事が分かっていて、なおそう言うの!?」
「冗談も嘘もない!私は大真面目だ!」
手を止めて、ファスティーヌはユートバルトを窺う。
その頬に、大粒の涙が伝った。