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せみしぐれ〜君といた夏〜
【その他 官能小説】

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せみしぐれ〜君といた夏〜-1

夏が、終わる。
年々厳しくなるように感じる猛暑の中、取引先の都合とやらで夏期休暇も取れなかった今年の夏。
汗をかきかき連日出勤していた俺を、さすがの部長も哀れだと思ってくれたのだろうか…突然に与えられたのは2日間の連休だった。
特に予定があるわけじゃなかったけれど、うだる暑さの中で暇を持て余した一日目の午後、俺は衝動的とも言える突然の思いつきで、気が付けば、北へ向かう列車に飛び乗っていた。
…会いたくなったんだ。
10年前の、自分に。
10年前の、あの人に。

陽も沈みかけた夕刻になってから、列車はようやく目的地の駅へと滑り込み、降り立ったその地は、雨上がりなのか湿った土の匂いが俺を包んだ。
朧気な記憶を頼りに、はるか向こうで微かに揺れる灯りを目指し歩き始める。
薄闇の中でもわかる色濃い緑の樹々が、俺の頭上で揺れていた。
耳をつんざくような大音量で響くのは、無数の蝉達が奏でる鳴き声。

…あぁ、そうだった。
あの日も、俺たちの耳には激しい蝉時雨が鳴り響いていて。
――そして。
その音の合間を縫って聞こえてくるのは、あの人の、押し殺したような息遣いと、泣いているように細い喘ぎ声だった。

…ふいに思い出したら、途端に足が止まった自分に笑いがこみ上げる。
けれどもそれは、決して懐かしさ故の温かな笑みではなく――寧ろ、自虐の笑みだとわかっている。
そして、自分にはあの人を思い出す資格さえないということも。
よく、わかっている。
10年間、ただ後悔だけを噛み締め続けてきた俺なのだから。

あの夏――。
俺は、高校一年生の16歳で。
中学の頃は、それなりに勉強ができた俺は、運の良さも手伝ってか県内屈指の名門校に進学したが、入学後の勉強は『それなり』も『運の良さ』も手伝ってはくれない現実で、日々の猛勉強に終われる中、俺は次第にその精神を病んでいった。
やがて、笑わなくなり、食事もまともに摂れなくなった息子を心配した両親は、ようやく訪れた夏休み早々に、俺をこの東北の小さな町に連れてきたのだ。
なんでも、俺の病状を伝え聞いた遠い親戚が、自分たちが営む民宿で、のんびり気分転換をすればいいと申し出てくれたのだとか。
かくして俺は、真夏の一ヶ月をこの田舎で過ごすこととなり、そして、お人好しな申し出をしてくれた遠い親戚――死んだじぃちゃんの従兄弟だというおっちゃん夫婦は、その言葉通り、溢れる自然の中で心底から俺を大切にしてくれた。
おかげで、俺の病んだ心も日増しに回復の一途を辿っていき、また、初めこそ近隣の人たちの好奇の視線にさらされた俺の存在も、この地の穏やかな環境がそうさせるのか、数日も過ぎた頃には、皆、俺が昔からここにいた人間かのように接してくれた。
…やがて。
ゆるやかに、穏やかに流れる日々の中、俺はひとりの女性と出逢う。


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