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せみしぐれ〜君といた夏〜
【その他 官能小説】

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せみしぐれ〜君といた夏〜-4

「…あの、なんで俺なんかにそんなこと…話してくれたんすか」
「――――……」
捲り上げたTシャツの裾を下ろして、俯いたまま座り込んでいたあの人に向かって、俺は問いかけた。
今にしてみたら、なんて幼い切り返しだったのかと己を恥じる。
けれど、当時16歳の俺の頭の中は、全くもって想像もしていなかった過酷な現実を前にして、思考回路は完全に停止していた。
ハッとしたように顔を上げたあの人の視線は、しばらく俺の顔の上で止まり、やがて再び床へと落ちる。
「…そうだね。どうしてだろう…君に、知ってもらいたいと思ったの」
「え…」
「でも、いきなりこんな身体を見せられた上にDV話じゃ、引いちゃうよね。ごめん、どうかしてた私」
そう言いながらあの人は、渡した俺のTシャツを握りしめ、カラカラと乾いたような笑い声を上げた。
でも、雨に濡れたその頬に零れ落ちた、雨じゃない一筋の水の流れ。
――傷つけた。
とっさに、そう思った。
夫の暴力に追い詰められている目の前の人を、俺は更に無神経な言葉で傷つけてしまったんだと。
でも。
情けないことに、あの時の俺にその傷を癒せるような言葉は見つからず、俺は心の底から自分の幼さを悔やんだ。

相変わらず、社務所の屋根には叩きつけるかのような雨音が響き、湿気と暑さに満ちた古ぼけた社務所の八畳間には、動けずに立ち尽くす俺と、震える小さな肩を押さえながら、声を殺して泣くあの人がいる。
閉ざされた空間で、2人。
生温い空気は絶えず俺にまとわりついて、裸の胸に流れる汗が止まらない。
そして。

――カタッ…。

「…あ、びっくりした…猫か…な…」
張り詰めた緊張を破り、突然に響いた外の物音。
驚いたあの人が顔を上げて呟いたのと、何かに弾かれたように俺が動いたのは同時だった。
それはまるで、スタート地点で鳴り響く銃声を聞いたかのように。

――やがて。
気が付けば、俺の腕の中には身を縮める小さな身体があった。
「えっ…ちょ…どうし…て…?」
どうして?
そんなの、俺だってわからない。
ただ、泣いてるあの人を見ているのが辛かったから。
震える肩を抱きしめたかったから。
…愛しかったから。
全て、声にならないまま叫んだ。

「あ、あの、大丈夫だから!ね、離して…」
抱きしめている俺の腕を振りほどこうともがく、白くて細いあの人の腕。
けれど、そこにも青黒い内出血の痕が見えた。
「――俺だったら!俺だったら、あなたにこんな傷なんて作らないのに…!!」
「えっ…?――ひゃ…ぁっ!?」
痛々しいその傷痕が少しでも薄くなれと言わんばかりに、俺は青紫色した皮膚の上へ自分の唇を這わせた。
汗で湿った肌。
ほんのりと漂ってくる、女の匂い…。
頭が、くらくらした。
「ちょ、ちょっと!ダメだよ、こんな…」
焦ったように上擦るあの人の声。
聞こえている。
わかっている。
でも。
もう、止まれない。


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