ルラフェン編 その二 月夜の晩に-10
その隙に動けるスモールグールはパペットマンを担いで逃げ出す。
「リョカさん!? 今いいところなのに!」
自らの操る高位魔法の威力に酔いしれるフローラは、きりきり舞いになるパペットマンや、身体が崩れていくスモールグールを前にして興奮気味にリョカを睨む。
だが、リョカはそれに動じず、天候の精霊達を解く。次第に雨足は薄まり、それにつられて水の精霊も勢いを殺がれ、次第に散り散りに消えていく。
「せっかく魔法を試すいい機会でしたのに!」
「フローラ!」
興奮冷めやらぬ彼女をぴしゃりとしかりつけるリョカの怒声。フローラはきょとんとした様子で彼を見上げる。
「フローラ……。君の魔法がすばらしいのはよくわかっている。けどね、それで何か徒に傷付けるのは、良くないことだと思うんだ」
リョカは地面に散らばった木片を拾い上げ、癒しの精霊を呼び寄せる。彼らは木片を持ち主であろう木偶のもとへと運び去っていく。
「たとえ物質生命の魔物でも、感情はある。きっとフローラさんに怯えていたと思うよ」
「当然ですわ。私のことをここまで……」
「身を守るために力を使うのは悪いことじゃない。僕だってこれまでにいくつもの魔物の命を奪ってきたし、それは否定できない。けど、脅威が去ったのなら、もうそこで終わりにしないといけないよ」
「ですけど……」
「それに、ベネットさんは言ってましたよね? 請われるままに魔法を詠唱するのでは、どちらが使役されているかわからないって……」
「私はちゃんと……使役していましたわ……」
「精霊はね……。でも、冷静で居られた? 違うよね。昔、僕がデボラさんを危険な目に遭わせたとき、それと一緒さ。自分ではできると思って過信して、そして無用な結果を招く……。フローラさんのケープ、汚れちゃったけど、だからといってここに住む小鬼達を八つ裂きにしたかった?」
「それは……」
スモールグールは砂を纏った悪戯な精霊が正体。もちろん集団となれば人を害することもあり、油断はできない。ただ、本来は自分達の縄張りで泥遊びを作っては仲間を増やす程度であり、それはパペットマン達も似たようなもの。キラーパンサーや山賊ウルフなどに比べれば有害さも劣る。
リョカはケープの砂を軽く払い、「ね?」と微笑みかける。
彼女も自身の行動を省み、その穏やかな微笑みに頬を赤く染めて恥じ入る。
「すみません……」
「んーん。フローラさんだって怖かったと思うし、仕方ないよ。でも、もし今度魔物達が戦意を失って逃げたとしたら、それを追ってはいけないよ」
「はい。かわいそうですからね……」
「ええ。それだけじゃないんですけど……」
リョカの真意としては、手負いの魔物が凶暴化して、窮鼠猫を噛むかのごとくキャラバンを襲うということを心配してのことだ。また、人間に手ひどくやられた魔物は、酷く憎むことがあり、特殊な魔物の場合、呪となってやってくることもある。それは特に物質系や悪魔系に多い。
ただ、この大魔道士の卵からすれば、確かに「可哀想」なのかもしれないと、リョカは変に納得してしまう。
「でも、一体どうしてこんなところに? 今みたいのは特別としても、フローラさんの格好だと、ここら辺は歩き難いでしょ?」
街で再会したときとは別の青のワンピース。肌寒さをカバーするためのケープに意味深な宝石の散りばめられたサンダルのみ。足元は露で湿っており、ところどころ緑の線が入ってしまっている。