807-2
… … … …
「西原…さん…」
改札を抜けた私は不意に後ろから呼び止められた。
見ないようにしていたがあの痴漢の脚と同じ柄のスーツを着ている若い男がいた。
私はドキッとして、素知らぬ顔で行き過ぎようと足を早めた。
「ま、待ってください。
同じ会社の市村と申します。」
そう言われても顔に見覚えはないけれど、それなら私の名前を知っている事も説明がつく…
「こんな出会いになってしまった事…
とっても心外に思います。」
眼鏡をかけた市村という男は私の後を追いながら執拗についてくる。
同じ社の者だというなら、行き先は同じなんだが…
「社内でお見かけして、どうしてもこんな真似がやめられませんでした。
お願いします、もうこんな真似は二度としません。
あなたにだけ触れていたいんです。
どうか、僕とお付き合いしてくださいっ!」
市村は私の前に立ちはだかって深々と頭を下げた。
「この、未熟者っ!」
私は男の足をかかとで力いっぱい踏みつけて、公衆の面前で股間を思いっきり蹴飛ばしてやると、「ぐぅ…」と呻く男を後目に立ち去っていったのだった。