不確かなセカイ-1
頭上の窓から吹き込む緩やかな風は、部屋に散在する埃を巻き上げている。
頭上の窓から差し込む暖かな日差しは、巻き上げられた埃の存在を認めている。
それは、ゆらゆらと宙を舞い、更なる風を誘う。
この不確かなセカイの中で、私にとって唯一確かなものは、彼の存在だけだった。
「さぁ、教えてくれないか。君は何に怯えているんだ。」
目の前の少年はまだ、口を割らない。私は腕時計に視線を落とした。かれこれ一時間弱、彼は沈黙を貫いている。特に珍しいことではないが、やはりこの間は好きではない。カウンセラーとしては会話が成り立たないこの状況は致命的だ。
窓から聞こえてくる子供たちの笑い声。いったい何をしているのだろうか。
「先生」
「えっ?」
不意に発せられた言葉に、情けない反応しか返すことができなかった。そんな事を気にも留めずに彼は宙に向けて言葉を吐いた。
「僕は・・・」
いくら待っても続きの言葉が出てこない。彼を見ると、話すべきかどうか、口を開きかけてもまだ、迷っているようだった。
「何だい、話してごらん。」
私は勤めてゆっくりと、彼の目を見ながら話した。すると、彼は目を背けて呟いた。
「先生、僕はおかしいのかもしれない。」
彼が紡いだ最初の言葉が、それだった。けれどそれだけで、彼とは長い付き合いになるだろう、と確信できてしまった。カウンセラーとしての勘というやつか。しかし、後にそれが間違いだったことに気付くことになる。
「そんなことは無いさ。どうしてそう思うんだい。」
「いや、やっぱりおかしい。僕も、みんなも、この世界もでたらめだ。みんな、みんな狂っている。正しいのは翔太だけだ。あいつだけはいつも。」
「おい、落ち着け。」
私は興奮している少年の肩に手を置き、目を見据えた。部屋の片隅で震えている少年。高校三年生としては、まだ幼さが残っているその顔に浮かぶ、困惑の色。彼をここまで追い詰めたものは、一体何なのか。彼をこの部屋に閉じ込める原因となったものは。翔太とは誰か。聞き出さなければならない事は山積みにされている。その一つ一つを私は片付けていかなければならない。それはきっと、気の遠くなるような作業になるに違いない。
窓の外で遊んでいる子供たちの声は、やむことはない。子供たちの笑い声と、この部屋の静寂とのコントラストは、いっそう彼に暗い影を落としている様に見えるのは考えすぎであろうか。
「先生」彼は暗闇から視線を外した。「しっかり聞いて欲しい。」
しばらくして彼が落ち着きを取り戻し、決心がついたのか、いよいよ本題に移って行った。彼が引き篭もりになってしまった理由。
「最初に言っておくけれど、これから話すことは、実際にあった事なんだ。信じる、信じないの次元じゃなくて、僕が体験してきたことなんだ。」
言って彼は、初めて私の目を見据えた。だからその言葉を、私は心の底から信じていた。彼の話を聞くまでは。