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不確かなセカイ
【ファンタジー その他小説】

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不確かなセカイ-5

2章 夢

「君の言わんとしている事は大体分かった。」
私は後ろを向き、こめかみを押さえながら続けた。
「つまりこの世界での主役は君自身だと。」
青年は何も言わずただ、暗闇を見つめていた。その先に彼が求めている救いがあるとは思えない。その暗闇は彼の妄想を更に駆り立てることにしか役立たないだろう。彼の話を聞いているうちに、何時の間にか日が暮れてしまったようだ。私は、部屋の蛍光灯をつけた。
今まで、彼が引きこもりの状態になってしまった経緯を聞いてきた私は、心の中で「重症だ」と呟いた。

 私は精神カウンセラーを職としている。学校を登校拒否になった子、引きこもりになった子、いじめにあっている子、過去にあった経験から抜け出せない子など色々な症状の人を見てきた。それは子供に限らず、いい年になっても社会に飛び出せない人も大勢いる。大抵の場合は、その原因がはっきりとしていて時間をかけて話し合うことにより、社会復帰への糸口を彼らに与えることができる。彼らは共通して、物事に過剰に反応してしまう。繊細にして敏感であるがゆえに、相手の内心を理解し、だからこそ苦悩する。彼らはいわば被害者の側なのである。これ以上の被害を最小限に食い止める為、彼らは可能な限りの人との接触を断つ。
『引き篭もり』それは相手を思いやりすぎてしまった末路。
これが私の持論。そんなものは不公平すぎる。だから私はそんな彼らと社会との架け橋を築くことを生業とした。最初は職としてカウンセラーに不安を感じていたが、それは杞憂だった。多くの人が、悩んでいる。私たちがこんなにも必要とされる社会は、それはそれで悲しい事ではあるのだが。

 今、私の目の前にいる青年もそのうちの一人だ。しかし、その原因はひどく特異で到底私の理解の及ぶところではなかった。昨日カウンセリングの依頼を受けて、今から二時間ほど前に家を訪ねてみたところ、彼は二階にある自室で壁に背中をつけて腰を下ろしていた。その壁の上方には窓があり、そこから唯一の光が差し込んでいる。彼の頭の上から差し込んだ光は、彼に当たることなく床を照らしていた。部屋の電気をつけないのは、よくある症状の一つだ。六畳ほどの、机しか置いていない生活感の乏しい部屋の隅で彼は身を小さくしている。この世界と決して相容れないように、そんな思いが滲み出てみえてしまうのは、カウンセラーの性というものか。
ふと、彼の目が訴える。
あなたも、僕が病気だと思っているんでしょう?
私は何も言わず、窓の外を見遣った。あんなに楽しそうな笑い声を上げていた子供たちはもういない。結局、彼らは何をして遊んでいたのだろうか。
「それで、翔太という青年の存在を証明するものは見つかったのかい?」
私は、視線を戻して聞いた。
「いいえ。」
彼は少し間を置いてから答えた。
「名簿やアルバムの中にも、いなかったんだね。」
彼は先程と同じくらいの間を空けて、同じ返答をした。だろうね、わたしはそう思った。
「君は、翔太という男が君の見た幻覚だと自覚していると捉えて良いのかな。」
「何を聞いていたんですか。翔太は確かに存在した。ただ、僕の世界から消えただけです。」
「そう結論づけるには、少し早すぎるんじゃないかな。君もさっき言っていたじゃないか。その考えは非常識的に過ぎていると思うよ。」
私は彼の目を見ながら、ゆっくりと優しく諭していく。
「非常識な結論に達するためには、相応の時間を要するものだ。あらゆる可能性を模索するべきだと思うよ。」
「例えば」彼は鋭い視線を私に向けた。「僕が狂っているという可能性を、ですか。」
私は言葉に詰まった。そうなのだ。それは極論ではない。突き詰めれば問題は、彼がおかしいのか、それとも彼の周りがおかしいのか、それに終始するのだろう。そして何度も何度も彼は考え直したはずだ。いや、だから一種のノイローゼになってしまったという可能性もある。まずは彼が導き出した答えの不当性を示すべきか。
「先生、こんな話を聞いたことはありますか。ある問題に対して複数の選択肢が存在したとき、最初に導き出した答えが、一番正解率が高いということだそうですよ。あなたには分からないかもしれない。これは理屈じゃないんです。屋上で雨に打たれたときに直感したんですよ。」


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