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不確かなセカイ
【ファンタジー その他小説】

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不確かなセカイ-3

 彼は叫んでから、ばつが悪そうに僕に背を向けた。その視線の先には、終わりを告げる絶望的なまでに幻想に染められた景色。けれども、もう彼の目にはそれすら入っていないのだろう。何かに追い詰められたように金網をのぼっていく。その先に在るのは、空気だけ。やめろ、と口に出せなかった。口に出さなかった。
その光景が、ただ美しかった。
「君もすぐに気付くよ。」
「何に?」
「僕たちは、登場人物に過ぎない。中心は僕たちじゃない。」
「何を考えているんだ!ちゃんと僕に話してみろよっ!」
金網を隔てた言葉だけのやりとり。ただ理由が知りたかった。絵に描いたように完璧である彼を追い詰めたもの。
「僕は、こうなる運命なんだ。シナリオは完成している。僕たちがどんな選択をしても、それは決められていることなんだよ。」
分からない。激しい焦燥感。彼を理解できない自分への怒り。近くにいながら相談してくれなかった疎外感。そして、彼は「現実を見せてあげる」と言って飛び降りた。色鮮やかな空に向かって、身を投げ出す彼の姿はやはり・・・美しかった。
―――― 孤独感
下で誰かが悲鳴を上げた時、沸き起こった感情は、悲しくもそれだけだった。
終幕はついに下りてしまった。

 僕をこの薄暗い部屋に閉じ込める原因となったのは、それだけじゃない。むしろ、その後の事だった。僕は急いで階段を下りて、彼の亡骸のもとへ向かった。それが凄惨な光景を心に焼き付けることだということは知っている。一生、それは僕について回るだろう。それでも彼が最後に言った言葉が、僕をその場へと駆り立てた。
「現実を見せてあげる」
確かに彼はそう言った。言ったその顔に恐怖の色は無かった。それに僕は恐怖した。
屋上から悲鳴の聞こえた場所へ。その間が無限に長く感じた。実際、無限に限りなく近かったのではないか。いや、今思えば、無限であったほうが良かったのかもしれない。誰か救急車は呼んだのか?今ごろ、そこは人でごったがえしているだろうか?そう考えながら、彼の落ちたはずの場所が視界に入ってきた。しかし、
――――― そこには何も無かった。
好奇心旺盛な見物人も、彼らが発する喧騒も・・・そして何より死体が。
僕は言葉を無くして、暫く立ち尽くしていた。吹き付ける風は、寒いというよりも、冷たかった。階段を下ってきたために生じた玉の汗は、いっこうに収まる気配が無い。それを人は『冷や汗』と呼ぶに違いない。
「どうした、こんな所で。探し物か?」
背後からの声に僕は、ビクッと肩を震わせた。担任の教師だった。ああ、僕は彼の遺体を探している。言いたいけれど、あまりの衝撃に声帯が使い物にならなくなっている。ただ、呆然と虚空を見つめていた。
「・・・ここに・・何か・・・落ちてきませんでした?」
やっと捻り出した言葉に、
「いや、何も。お前、顔色悪いぞ。早く帰った方がいいんじゃないか?」
と、先生は答えた。僕の顔色は、確かに真っ青だったにちがいない。心配した先生は、茫然自失の僕を自宅まで送り届けてくれたらしい。
 今でも考える。あの屋上での出来事は夢だったのではないか、と。あの事件は衝撃的過ぎたし、あの光景は幻想的過ぎた。けれども、その答えは否である。悲しいけれど、それだけは確かなのだ。そう、それだけは。


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