ZERO-7
【3】《真っ赤な夕日、橙色のランプ》
「…ねえ。大丈夫?」
「……」
「そんなにショックだと思わなくて…」
「……」
「……」
都は俺の目の前にいる。でもその存在が本物なのかもわからなくなってきた。
俺はさっきゼロ戦から降りたあと、ずっと格納庫に寄り掛かってへたりこんでいる。
はっきり言って、この目で空に浮かぶ島を見るまではそんなこと信じちゃいなかったし、それよりゼロ戦に乗れるって事に意識が行って浮かれていた。
帰れない…。自分がどこにいるかも解らない……。
これがアフリカのド真ん中だったり、アマゾンの奥地だったらまだ救いがある。
ところが今いるのは地球じゃないのだ。少なくとも俺が知っている世界とはちがう。今となってはあのクソ憎たらしい上司の顔すら恋しい…。
都はもうあきらめたのか家の中に入ってしまった。
夕日が沈む。ゼロ戦のエンジンカバーや翼は真っ赤な光を反射してとても美しい。幻想的ですらある。
だが俺にはそんなものは見えちゃいない。思考が停止した脳はあらゆる情報を拒絶した。……バケツを抱えた都すらも。
「うひぇっ!?」
ドバシャー――!!!
不意打ちを食った俺はすっ頓狂な声を出して驚いた。
「いつまでうじうじしてるのよ!男だったらしゃきっとしたらどうさ!」
俺は気付いたら水浸しになっていた。都が目の前に仁王立ちしている。
「家に帰れなくてショックなのは解るけど、これからどうするか考えたらいいべさ!」
「……」
「…なんか言いなさいよ」
「……すまない」
「…いいさ。もう日が落ちるから家の中入りな…」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
俺は家の中でずぶ濡れになった飛行服からツナギに着替えた。
居間に出てきても都の姿は見えない。きっとゼロ戦を片付けに行ったのだろう。俺はランプの鎮座する食卓の椅子に座った。
「……これからどうするかな…」
さっき彼女にお見舞いされたおかげで脳は活動を再開したようだ。いろいろな考えが浮かぶ。
まず第一にどうしてこうなったかだ。
これはどう考えてみても思い付かない。SF小説とか映画はあまり見たこともなかったし、まして異世界なんて想像もしなかった。どうして俺がこんな目に会わなきゃならないんだ…。まあ、こんなこと考えたって結論は出そうもない。
次にどうやって帰るかだ…。が、これも見当がつかない。当たり前だ。どうやって来たか判らないんだから…。
これでは堂々巡りである。
しかし情報が足りないのだ。この世界の情報が…。
「ユウヤどう?正気に戻った?」
都が家の中に入ってきた。
「『正気』って気が狂った訳じゃないんだから…。あと、俺の名前は雄飛ですって」
「人の名前覚えるの得意じゃないのよ」
「…まあ、色々と考えは出てくるようになってきたよ」
「どんな考え?」
「どうやって帰るかとか」
彼女は俺とは対面の椅子に座った。
「帰る方法見つかったの?」
「いや、全然」
都がコケる。芸人ばりの見事なコケっぷりだ。
「…あのねぇ…」
「考えるにしても情報が足りないんだよ」
「情報?」
「そう。こっちの世界がどうなっていて、俺の元居た世界とどう関係してるかとか…」
「そんなこと私に訊かれてもねぇ」
「そうだよなぁ」
「……」
話がとぎれてしまった。
たしかに彼女がこの世界すべてを知っているわけがない。全知全能の神じゃないのだ……。
壁の振り子時計は7時ちょうどを指している。日は完全に沈み、オイルランプの光が二人の顔を照らす。
「よし!お腹空いたから御飯にするべ」
「そうだね。世話になりっ放しじゃ悪いから俺が作るよ」
俺が立ち上がろうとしたら彼女に止められた。
「いいって。慣れない所で疲れてるっしょ。今日は御飯食べて寝たらいいべさ」
俺がありがとうって言ったら彼女は照れくさそうにしてる。
「…ってそういえば私飛行服のままだったわ。着替えるから待ってて」
そう言って彼女は奥の部屋に消えた。