ZERO-17
【8】《北都?》
「で、『種の起源』っての説明してくれませんか?」
「あんな話聞いたって時間の無駄……って、なにすんだよ」
都が横田をどけて俺の横に座る。「翼は黙っててよ」
「はいはい、わかったよ。それにこれから仕事だし、そんなやつに付き合ってる暇なんか無いしな」
手をひらひらさせてそう言うと、酔いつぶれかけてる成田さんの方へ。
「ほら、オジョー。仕事だよ」
って、おい。
「そんなに酔ってちゃ、飛べないじゃないですか」
「大丈夫ネ。オジョーいつもあんなたヨ」
『あんな』って横田に肩借りても、足元おぼつかないのに。
「いいんですか? 伊丹さん…」
「まあ、今まで堕ちてないんだから、いいんじゃないか?」
横田は、成田さんを引きずる様にして、店を出ていった。
「え〜と、じゃあ『種の起源』の話に入っていいですか?」
「そうね…まあ、翼の言うとおり、大して役に立たないかもしれないけど」
「大体どんな話なんですか?」
伊丹さんがカウンターから出てきて、俺の横に座る。「うん、いかにして人は生まれたか?って話だな」
……おそらく、聖書に書いてある様な話だろう。うろ覚えだが、たしかアダムとイヴが禁断だか何だかの果実に手を出して、天国を追い出されたとか、人間の糞から牛が生まれたとか、かなりいいかげんな話だ。
「人間を含めて生物はな、元々この世界には居なかったんだとさ」
「はぁ?」
いまなんと仰った?
「だから、私たちの先祖は、雄飛みたいに他所の世界から来たってことよ」
「な、何で俺の考えが読めるんですか!? っていうか初めて俺の名前、正解でしたね…」
「そりゃあ、アホな作sy…ゲホッ!ゲホッ!」
派手に咽る都さん。
「……じゃなくて、もう間違いのパターン無くなっちゃったしね」
「………」
静まる一同。
「ち、ちょっと話が脱線しましたね……」いつもの癖でポケットに手を伸ばすが、タバコが無い。
俺の仕草に、徳さんが気づいた。
「とうかしたネ?」
「あの、タバコ持ってますか?」
徳さんがポケットをごそごそやってると、横手から伊丹さんの手が出てきた。タバコの箱が握られている。
「平和で良いかい?」
「ありがとうございます」
平和か…。今でいうピースの、昔の名前だ。
カウンターのマッチで火をつけて一服……結構きつい。
「どこまで話したっけ?」
「皆、他所の世界から来たとか…」
「ん。じゃあ、よく考えてみなよ。空に浮かんでる島に、初めから人間がいる筈がないべさ」
「あれ? じゃあ、こっちにも進化論みたいなのがあるんですか?」
てっきり、宗教的な話になると思ってたのだが。
「あったりまえだべさ。で、当然人間の前はサル、サルの前はネズミ…っていう風にたどって行くと、ある壁にぶつかるのよ」
「壁?」
「海からの上陸……」
「そうだ。海の上にも島はあるけど、芥子粒みたいなもんだ。いきなり空には上がれないしな」
「そこら辺が謎で、今でも学会でいろんな説が飛び交ってるのよ」
「ふ〜ん。…ん? 『種の起源』はどこに行っちゃったんですか?」
「それをこれから話すのよ」
って事は、今までが前フリか。
「それでだ、学会で結論が出ない話には、当然の如く怪しげな宗教とかが首を突っ込むんだな」
「やっぱり、そっちの方ですか」
「うん。彼らが言うに『我々は、神によって導かれし選ばれた民。不浄の地を去り、約束の地へと辿り着いた』んだってさ」
「なんか、どっかで聞いた様な…」
「そう? で、その『不浄の地』が人間の生まれた世界で、『約束の地』がこの世界なんだって」
俺の一昨日前までいた世界は不浄かよ。アナーキストじゃあるまいし、ばかばかしい。
「ん〜。それ、なんていう宗教ですか?」
「何って訳じゃなくて、大方の宗教はこれが教義に入ってるのよ。やっぱり、参考にはならないわね」
割と期待してたんだがなぁ。横田の言う通りって事か。
何だか、また泣きが入りそうだ。