ルラフェン編 その一 フローラ-2
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ガロンは馬屋に預けており、シドレーは部屋で寝ている。リョカは一人、降りしきる雨の中、傘と簡易の地図を頼りに街を歩いていた。
慣れないだけならともかく、おかしな具合に入り組んだ街の作りにリョカは頭を抱えていた。先ほどから何度か庸兵らしき人とすれ違ったが、彼もまた道に迷っているらしく、お互い役に立たない。おまけに雨で視界も遮られ、途方にくれていた。
「あら……?」
リョカが振り向くと、そこにはピンクの傘をさした一人の女性がいた。
青いストレートの髪は腰にかかり、雨に濡れないようにまとめられ、ぱっちり丸い目はリョカを見つめると「やっぱり」と言いたそうに笑顔に閉じる。
その笑いをはにかむように手で隠し、軽く会釈する彼女。
一瞬リョカは見とれてしまい、我に返ると慌てて頭を下げる。
薄桃色のチュニックは七部袖の涼しげなもの。膝の近くでリボン結びされた活動的なパンツルック。見た目こそ地味だが、本人のもつ華やかな雰囲気は隠せそうにない。
「えと、どこかでお会いしましたっけ……?」
その問いかけに女性は驚いたように目を丸くしたが、直ぐに笑顔で答える。
「ええ。一回目はお船の上で、二回目は妖精の国で……」
「妖精? もしかして……」
「はい。お久しぶりですわね。リョカさん……」
その笑顔の裏には氷の女王を氷漬けにする稀代の魔法使い、フローラ・レイク・ゴルドスミスがいることを忘れてはいない……。
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「まぁ、リョカさんがお届け物を……。ベネットさんのお家は初めての人にわかりづらいところにありますし、困っていたでしょう? 私ですか? ええ、花嫁修業のついでにベネットさんの研究のお手伝いをしておりまして。なんでも古代の魔法を復活させたいと仰っておりまして……。うふふ、そういうのって興味を惹かれません? 古代、歴史、伝説の……。考えるだけでも感動で震えます。ねえ、リョカさんもそう思うでしょ? ああ、わたくし、そんな時、そんな場所に立ち会えるなんて、本当に幸せですわ……」
うっとりと空を見るフローラに、リョカは愛想笑いを返す。正直、それほど興味もなく、過ぎた力を呼び起こしかねない行為については批判的だった。
「さ、着きましたわ」
「はぁ……」
入り組んだ街並を越えてたどり着いたのは、二階建ての大きなお家。煙突からは黒い煙がわっかをつくっていた。
「ベネットさ〜ん、フローラです。お荷物が届きましたよ」
「ほいほい、届きおったかい! いやぁ良かった。ささ、雨に濡れるといかん。入ってくれ」
ドアがどんと開くと笑顔満面のおじいさんが顔を出す。ケイン老人と同じかそれ以上の老齢であり、禿げ上がった頭はきらりと光る。ベネットは荷物を持ったリョカを家へと押し上げる。
「あ、あの、僕は……」
「今は人手がほしいんじゃい。ほらほら、フローラちゃんも早く」
「はい! さ、リョカさんも!」
今回も流されるままに流され、リョカはベネットの研究所へと導かれていった……。
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部屋へ入ると、むっとした空気がリョカを出迎える。
干した雑草の青々しい臭い。思わず鼻をつまみたくなるほどで、ベネットとフローラはしっかりとマスクを着用している。
部屋の真ん中にある大きな釜は、まるで魔女の怪しげな儀式を連想させるもの。初見のリョカは一歩退いてしまう。
「さて、とりいだしたるはこの日和見草。これを使えば天候を司る精霊を起こすことができる。さすれば古代の魔法、ラナファインも自由に使える。急な雨雲も一時的じゃが晴れ渡る。ラナリオンと併用すれば、気候も操れるじゃろう」
「ええ!」
意気揚々と語る老人と、同じく感動に手を合わせるフローラ。
「ええ? 気候? ラナファイン?」
リョカだけがついていけず、おろおろと二人を見る。
天候魔法は文字通り天候を操るもの。かなりの魔力を必要とし、使用に際しては多数の魔法使い、魔道士を集める必要がある。
ただし、ラナリオンの扱いは非常に難しく、貯水池を満たすどころか村一つ水没させたことすらある。対を成すラナファインも雨雲を蹴散らすどころか日照りを呼び寄せ、一時的に土地を干からびさせたとも……。