EP.4「嬉しい事でもあったんだろ」-9
「やっば、汗かいてたんだった。汚れちゃうよね」
そうだね、あれだけゲームやってはしゃげば・・・
それなのに商品を身に付けるのはまずいね。店員がこっち見てる様な気がするけど、気のせいという事にしておけばいい。
帽子を戻しながら照れ臭そうに笑う高梨さんに、またドキドキしてしまった。
あの時思い切って告白して良かった。もし何もしなかったら今頃は、高梨さんとはただのクラスメイトのままだったに違いない。
ただ一緒に歩いているだけでとても楽しくて、心が踊っていた。
こんな時間がいつまでもずっと続いてくれればいい−
俺は本気でそうなるのを願っていた。
寮の門限が迫ってきたので、名残惜しいけど高梨さんと別れた。
・・・さて、楽しい時間は終わりだ。
寮に帰れば園田達からの地獄の尋問が待っている。笑っている余裕など無い。
でも、怖がる事なんて無い。ただあった事をそのまま話せばいいだけだ。
恐る恐る門を潜り、中に入った。
だが、もう間もなく門限なのにまだ誰も帰っていない。
一先ずほっと胸を撫で下ろしたが、どうせなら早く済んでほしいと思うと複雑だった。
テレビの前のソファーに座り、クマのぬいぐるみを眺める。
無表情なクマとは違い自分でもにやけているのが、頬にかかる負荷で分かった。
「・・・?」
ポケットの中の電話が鳴り、確認してみると姉ちゃんからだった。
何の用だ、ある意味死刑執行前の俺に電話してくるなんて。
「はい、もしもし」
¨よっ。元気か?¨
「あー、いつもと同じ」
¨そうか?いつも以上にやる気無さそうな返事だな¨
ちょっと違う。
あまり姉ちゃんと話すつもりが無いだけだ。
こないだの時はそれ程でも無かったけど、こっちに帰ってから面倒になったのは確か。
¨話しても大丈夫?¨
なんで、聞いてくるんだ。
わざわざそっちから電話してきといて、おかしいだろう。
相変わらず行動が変だな、姉ちゃんは。
でもこっちの都合を聞いてきたのは珍しかったので、仕方なく答えようとした。
¨やめとく¨
しかし返事する前から断ってきたので思わず転けてしまう。
「まだ何も言ってないだろ!」
¨だって、他に用事ありそうだから。ごめん、誰かと話してたんでしょ?¨
今までそんな事気にしなかったのに、なんでだ。
いくら家族が相手とはいえ・・・俺の声、そんなに不機嫌そうだったか。
「まだ誰も帰ってきてないよ」
¨そっか、何か変だったから。あんたの声っていうか、雰囲気が¨
俺は姉ちゃんがいつも変わりなく見えるんだけど、姉ちゃんは俺の変化が分かるのか・・・?
¨嬉しい事でもあったんだろ¨
「無いって。あ、皆帰ってきた、じゃあ」
¨ち、いいとこで。じゃあな信之介¨
嘘だ、誰の姿も見えない。
問い詰められるのが怖かったので電話を切った。
もし姉ちゃんが俺に彼女がいると知ったら何て思うだろう?
言えない。何だか恐ろしい事になりそうだ。
クマのぬいぐるみはこんな時でも無表情だった。
〜〜続く〜〜