奥の奥まで…-1
日曜日の朝が好きだ。
いつもと変わりない日の光がふりそそぎ、木々の間からこぼれ出る蝉の鳴き声さえ…
静まり返ったひとけのない空間にただ響いているだけのように感じられる。
子供の頃の私は普段はなかなか起き出してこないくせに日曜日となるとその「誰もいない日常」という空間を楽しむためにわざわざ早くに目覚めて近所を散策したりしたものだった。
「一俊は一緒じゃなかったのかね?」
散歩がてら近くで買い物をして帰ってきた私に義父がそう尋ねた。
「あの人なら今日は早くに出かけたわ。
また自慢の車を走らせに…」
結婚して、この藤堂の家に嫁いで二年が過ぎた。
夫の一俊は一つ年上でがっしりとした大きな体つきに温厚でここって時には頼りになるしっかりとした人柄に惹かれていたけれど、付き合い始めてすぐにどうしようもない甘えん坊の本性を表した。
それでも私はよかった。
小さな私が大きな夫を愛で包み込んであげる事に私は悦びと心の安らぎを感じられた。
ただ、その時はまさか夫の両親と同居するなんて考えてもいなかったのだが、あの夫を育てた両親はやはりとてもいい人たちで私も今では屈託もなく家族の中で「嫁」というポジションにすっかり馴染んでしまっている。
そこにあるルールというものがのみこめたなら、幸せは意外と簡単に手に入るものなんだ思う。
「まったく困ったもんだな。
いくつになっても車の玩具なんぞで遊びおって…」
義父は完成したばかりの魚釣りのウキに仕上げの塗装を塗り終えるとそれを自作のスタンドに置いて満足気に眺めている。
「あら、いいじゃないですか。
お酒も飲まないし、お小遣いの中で一生懸命組み立ててやってるんですから。」
夫の趣味はラジコンの車で遊ぶ事だった。
毎月なんだかそんな大会があって日がな一日ラジコン仲間と遊んでいる。
部品代とかサーキットの使用料とか、玩具にしては少しお金もかかる趣味だけど飲みにも行かなければギャンブルもしない。
それに間違っても女には走らないだろう。
毎月何万円も飲み代に使ったり、パチンコで負けたりする事を思えばどこまでもかわいい夫だった。
「純ちゃんがそういうなら、それでかまわないんだがね。」
釣りが趣味でこうして道具まで自作する義父と私にしてみれば、どことどう変わらない。
また、組み立てた部品を満足そうに眺める姿はやはり親子そっくりだった。