その二 120°-1
その二 120°
――およそ百二十度。それが普通の人のパノラマだ。
――さらに左右プラス十五度は、見えているけど、意識しづらい視界。
――異界の住人達は、そんな我々の死角をこっそり行き来しているんだ。
得意そうになって語る二つ上の従兄弟の健一に、私は漫画を読みながら気のない返事をしてあげた。ベッドにうつ伏せになって寝転がり、クーラーの効いた部屋でだらだらするのが、この家での私の日課。
夏休みも中盤に差しかかり、旅行にいける余裕も無い我が家の家計を思いはかって、私はせいぜい近場にある従兄弟の家に遊びに来たわけだ。
おじさんもおばさんもいい人だし、健一のこういうオカルト趣味を我慢すれば快適な場所だ。
「ケン君! ちょっといいかしら?」
階段の下でおばさんの声がした。さっきスイカは食べたし、一体なんのようだろ?
「はーい! なんだろ? 一体……」
健一も私と同じことを考えていたらしく、首を傾げて部屋を出て行く。
あいつはクーラーを当たり前につかう人種だからか、ドアを開けっぱなしで平気で出て行く。この冷風を作るのにお百姓さんがどれだけ汗を流しているのか考えないのかしら?
私は立ち上がるのも億劫なので、ベッドの上を捩りながら移動して、つま先でドアを蹴飛ばす。
えい、えい……、もうちょい! よっと!
私の必死の努力の甲斐あってか、ドアは力なくきぃと半開き。でも、これ以上は届きそうにない。まったく健一の馬鹿め。帰ったらオシオキだ。
「おーい、純ちゃん!」
「はーい?」
今度は私を呼ぶ声。一体なんざましょ。
仕方なく起き上がり、部屋を出た。もちろん、ドアはしっかりと閉じて。
**――**
「え? お葬式?」
「ええ。お父さんのほうの従兄弟のおじいさんでね。人手が足りないから手伝いに来てって頼まれて……」
「はぁ……」
「で、おばさん達、一日だけ留守にするから、純ちゃん、健一のことお願いね。健一も純ちゃんに失礼のないようにね」
「はぁ……。わかりました」
あくせくしながら喪服と喪章を探すおばさん。健一は千円札三枚を手にしていた。多分、明日までの食費だろう。さてさて、どうしたことか……。
**――**
夕飯はピザを頼んだ。お店に行くことで半額になったから、奮発してLLサイズを頼んだ。でも、ちょっと大きすぎたみたいで、まだ三切れ残ってる。
これは明日のしようってことで、居間で寛いでいた。
夏の夜だけあって心霊特集なんかしてた。英霊の帰宅、祖母は涙してそれを受け入れるだの、この時期にありがちな話ね……。
健一はすごく楽しそうだけど、私はちょっと。こんなもんばっかり見てるから、彼女ができないんだろうね。
……私も彼氏いないけど、男と女では意味が違うからしょうがない。しょうがないったらしょうがないのだ。
「さてと……」
番組が終わりに近づいたところで、健一が立ち上がり、おばさん達の部屋に行った。
「純ちゃん、今日はおばさん達の部屋で寝なよ。こっちもクーラー使えるから……」
衾を開ける音とどしんという布団を敷く音。
ま、健一もそれなりの気遣いってのはできるみたいね。私みたいなうら若き乙女が、猿みたいな男と一緒の部屋っていうわけにはいかないし……。