ポートセルミ編 その二 出会いと別れ-4
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「……はい、終りました……」
「……ありがとよ……」
リョカに手首を強打された荒くれ者は彼の治癒魔法を受け、それが動くのを確認すると一応の感謝を捨て台詞に去っていった。
「もう、あんなの自業自得なんだからほっとけばいいのに……」
律儀なリョカにアルマは呆れたように呟く。
「うん。でも、利き手がつかえないままだとトイレに行くのも大変だしさ……」
「まったく……」
無邪気に笑うリョカに、アルマはその頭をポンと叩く。
「もし彼が来なかったら、今頃貴方も大変だったのよ?」
「いや、それは無いな……。せいぜいコブができるぐらいだろう。なぜならその男は防壁魔法で身体を覆っていたからな」
銀髪の男は冷たいお茶を飲みながら呟く。
「へぇ、そうなの?」
「ええ……。僕も酔っていたし、殴られても痛くないようにって……。よくわかりましたね」
「まぁな……」
残りを飲み干した銀髪の男は銭勘定をしている田舎者に向き直る。
「それで、その翼の生えたキラーパンサーというのは?」
「え? ああはい、あんのな、うちの村、カボチ村っていうんだけっどよ。最近夜明け前になるとキラーパンサーがうろつくのよ。こっちら辺はキラーパンサー多いんだけっどよ、翼が生えたってのは珍しくってよ。もしそいつが村さ来たら大変あんのさ。だから、ちょちょっと退治してほしいとよ」
「へぇ……」
「ふぅん……」
「なるほどな……」
「嘘だと思ってる? なぁ、思ってる? ほんとだわさ。朝の早い時間に出るのよ。んで、西の洞窟の辺りでよ、なんか襲われた旅人が居てよ。こりゃ大変だから、んだから、なんとかしてほしいとよ」
「旅人が襲われてるんですか……それは確かに大変ですね」
「んだから、お願いしますだ。あんたらすごい強いみたいだし、ちょっくら頼まれてくれんかの?」
まるでお使いのように言う田舎者にリョカは苦笑い。もし翼の生えたキラーパンサーが居るのであれば、元々の敏捷性や空からの機動力で戦闘能力が格段に違ってくる。
ギルドにも魔物退治の依頼は来るが、この手の突然変異には戦闘に長けたパーティを組むのが常道だった。おそらくこのカボチ村の青年はそういう常識を知らないのであろう。
「ふむ。面白い。一見の価値はありそうだな。よいだろう。引き受ける」
「本当ですかい? いや良かった! で、そっちのお兄さんは?」
「え? 僕も?」
「んだ。こっちの兄さんが失敗したときのためにも、もう一人予備で雇っておきたいんだ」
「……」
「……」
銀髪の男はふんと鼻で笑い、リョカとアルマは顔を見合わせる。
「(ねぇ、この人、ちょっと失礼じゃない?)」
「(うん。そうだね……。でも、それだけ大変なことになってるかもしれないし、ちょっと気になるんだ……)」
「(でもねぇ……。ん〜そうね。リョカ、ちょっと引き受けてあげなさいよ)」
「(? うん、わかったよ)」
「わかりました。僕でよければ引き受けます」
「そうか、えがった。んじゃこの金は手付け金な。二人で分けてくれや。んじゃ、俺はもう寝るから、明日またここで……」
「はぁ……」
マイペースに言いたいことを言うと、青年は上機嫌で酒場を後にする。残されたリョカ達三人は袋にたんまり入った小銭を見てうんざりする。
「まったく、持ち逃げされるとか思わないのかしら? 抜けてるんだから……」
「さてと……」
銀髪の男は空のグラスを置くと、荷物を持ち直して席を立つ。
「あ、あのお金は?」
「そんな小銭ばかり、持っていたら重くなるだけだ。貴様にくれてやる。それよりも、俺の仕事を邪魔するな。キラーパンサーの亜種は俺がいただく」
「はぁ……」
やる気を見せる男はリョカを一瞥したあと、悠然と酒場を後にした。
「何? あの男……。ちょっとイケメンだからっていい気になって……」
「アルマはああいう人を格好いいと思うの?」
「そりゃいいんじゃないの? でもああいうわがままそうで俺様な男って苦手。絶対に喧嘩するわね」
「はは……そう」
リョカはその答えに安心しつつ、かといって埋まらぬ溝に気を落とし、それを残りのアルコールで無理やりに流した……。