ポートセルミ編 その二 出会いと別れ-2
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夕暮れ時、ポートセルミの酒場のカウンター席で、リョカは珍しくアルコールを頼んでいた。
アルマが仕事を始めたのをみて、リョカは今日の宿屋を探しに街に出ていた。今後の旅銀を考えて外れの寂れた宿屋にチェックインしたあと、ものめずらしさに誘われて街のバーへ来たのだ。
わがままなお嬢様の護衛も今日でおしまい。明日にはギルドで陸商隊の仕事を請け、サラボナへ向かう。航路が海路に変わっただけのこと。
けれど、彼女と過ごした数日間、リョカは心残りを感じていた。
それを細かく分析していくと、最後には必ずアルマと別れたくないという気持ちになる。
正直なところ、リョカは彼女をよく知らない。どんな女性で、何を好み、何を楽しみ、何を求めているのか、何に笑い、何を愛するのか、どれもわからない。
それを知りたい。そう思った。
マリアを失ったせいか、心の隙間を無理やり埋めたいという失礼な感情かもしれない。
初めて出会った日に迫られ、キスをした。
唇の感覚はかつて金髪の女性としたそれを上書きし、夜を眺めた頃から彼女の寂しそうな笑顔が忘れられない。
とはいえ、彼女には彼女の世界がある。おおよそリョカのような庶政どころか出自もわからぬ旅人が踏み入れられる世界ではない。いわゆる身分の違いだ。
他にも彼女と釣り合わぬ理由もありそうだが、その悔しさからか、リョカは慣れないアルコールを頼んでいた。
ポートセルミの地ビールは、そのコクの強さのせいか、まだ半分も呑めていない。
「カシスオレンジ」
燐とした女性の声がした。見上げれば、にこりと笑うアルマが居た。
「やぁ、アルマ……」
「やぁじゃないわよ。もう、どこに行ってたのよ。宿ぐらいウチの二階に泊めてあげるわよ」
「でも、フレッドさんが怒るし」
「そのフレッドも今頃はお孫さん見て鼻の下伸ばしてるわ」
くすっと笑うアルマに、リョカも愛想笑いを返す。しかし、その心中は穏やかにあらず、彼女の笑顔を見るのが辛かった。またしても失恋が待っていることが、純粋に怖いのだ。
「どうしたの? なんか元気ないみたいだけど……」
「アルマが元気なんだよ。僕はあんまり船が得意じゃないのかもね。そういえば、一回酷い目に遭ったし……」
「へぇ、どんな?」
「うん、詳しくはいえないんだけど、嵐の中樽に乗って荒波に打ち出されて……」
「もう、嘘ばっかり。樽なんて壊れちゃうわよ」
「本当さ」
リョカは素早く印を組むと、コースターに大地の精霊を宿す。
「折り曲げられる?」
「ん? ん……、無理……」
「防壁魔法。樽を強化してなんとかね。着いた先は修道院ってわけさ……」
今頃、修道院にはマリアが居るのだろう。苦い部類の気持ちにも関わらずべらべらと話すのは、アルコールのせいだろう。
「でも、楽しい思い出もなかった? 例えば、貴方旅をしていたって言ったわよね。小さい頃は船に乗らなかったの?」
「そうだね……。そういえば、一度だけ大きな船に乗せてもらったっけ……。サント……、サント……」
「サントアンヌ号」
「そう、それだ。よく知ってるね」
「ええ。世界を巡る豪華客船だもの。で? その船旅には思い出は無いの?」
「そうだね……。そういえば確か、とってもわがままな女の子がいたっけ。つり目でちょっと怖い感じでさ。僕のこと、いっつも魚顔魚顔って言うんだ」
「ふうん……」
アルマは頷きながら眉間に皺を寄せる。
「お化けが怖くて夜中にトイレに付き添いに行ったり、レモンティーを頼まれたり、なんか僕、ボーイみたいなことしてたっけ……」
「へぇ……」
さらに顎に手を当て、リョカを睨むが、彼は気付かず上機嫌で話す。