その一 海辺の猫-1
海辺の猫
太陽を隠す暗雲、頬を殴るような潮風、遠くにウミネコの声は聞こえず、寂れた漁港に人気はない。昼頃の叩き売りを最後にして、観光客が見学しているぐらい。
海が見たいと思ったのは、多分夏のせいだろう。
真っ白な砂浜、照りつける太陽。額に汗して波しぶきと戯れる。
そんなことを妄想していたわけだが、カーナビの使い方がわるいせいか、ついたところは相模第二港。当然ながら海水浴客など誰一人いない。
ビーチサンダルとシュノーケルを車に積んで、男三人格好悪い。
「おれはおっさんの長靴エプロン姿を見たいと言った覚えはないぞ」
アロハシャツとジーパンという八十年代のアイドルみたいな格好で、柏原信也が言う。
こいつは色白でチビで眼鏡でひ弱なくせに、俺ら友達にだけ強がりを言う。
「だから俺は信号右って言ったんだ。なのに田崎が渋滞いやだって言うから……」
過ぎたことをぐちぐち言うのは、松浦俊介。
高校時代は野球で全国行ったこいつは、かなり背が高いし、見た目イケメン。けど、性格が残念なせいか、彼女がいたためしがない。
「お前らだって賛成しただろ? つか、このカーナビがおかしんだよ。どうすれば目的地から十キロ離れた港にたどり着かせてくれんだっての」
全てカーナビのせいにして丸く収めたいのが俺、田崎学。
こんな奴らによく付き合ってやってるんだから、かなりいい奴なんだが、なぜか彼女ができない。顔は、まあたまに魚顔っていわれるけど、遠目にモザイクいれたらモデルとそう変わらないと思ってる。
俺ら大城大学二年の男やもめ三匹、夏の海で都合よく三人彼氏無しで来てそうなおねーちゃんと仲良くなりたいっていう浅はかな欲望で海に来たってわけさ。
ま、たとえまっすぐに相模原海水浴場に行けたとしても、そんなうまくいくとは思ってない。むしろ、いい訳が出来たんだから感謝して欲しいくらいだ。
「で? どうする? まさかここで刺身定食食って帰るとか?」
「お、それいいな。目の前港だろ? こういうところって新鮮かつ、上等なもんが安く食えるんだろ? 行こうぜ!」
「おい、俊介! たく、しょうがねえな……」
うだうだ文句言われるぐらいならさっさと飯くって満足して帰ったほうがいい。そんなことを思いながら、近くの店の暖簾を潜った……。
**――**
見た目は普通の綺麗なところ。しょうゆの瓶もラー油の瓶もべたついてないし、てーぶるもおんなじ。テレビの写りもいいし、壁に油やら煙草が染み付いてるわけでもない。
店員のおばさんだって化粧べったりってわけじゃなく、気さくな人。その奥で新聞読んでるおっさんは頑固そうだけどめんどくさそうな人でもなさそう。
氷の入った麦茶を出してくれるんだからありがたい。
しかし、問題はお品書き。
ビーフステーキ、豚のしょうが焼き、チーズオニオングラタン、ラーメンライス……。
お品書きを見て笑ったね。目の前に直買いできる港があるのに、わざわざ牛さん豚さん、さらにはお馬さんを出してるんだから、この店……。
暫く悩んでいたが、俺と信也は多分同じ気持ちだろう。なのに俊介はどれにしようかと本気で悩んでる。普通ありえないだろ、こんなの……。
「じゃあ、俺はビーフ……」
「なあ、出ようぜ」
「ああ……」
馬鹿が余計なことを言い出そうとしたところで、俺はそれを遮って席を立つ。
普段の昼飯食うだけならともかく、こんなところで普通の飯を食う気にはなれないっての……。