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小春十三の怖い話
【ホラー その他小説】

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その一 海辺の猫-2

**――**

「おい、なんで出るんだよ」
 やっぱり不満たらたらな信也は店を出るなり文句を言う。
「なんでって、なんでこんなところで牛を食わないといけないんだよ、このオージーが」
「腹減ったし」
「あのなあ、せっかくここまで来たんだから、新鮮な刺身とか食いたくないのか? って言ってるの」
 説明するのもうんざりだが、煩く言われるのもいやなんで噛み砕いて教えてやる。
「ああ、そうか……」
 スポーツ馬鹿は扱いやすいんだか、どうなんだか……。だから彼女できないんだろうな……。

**――**

 しかし、驚いたことにどの店に行っても同じだった。
 程度の違いはあれど、魚関連を出す店はなく、刺身どころか焼き魚すらなかった……。
「おいおい、まじかよ……」
 さすがにおかしいと思ったころには、俺も背中とおなかがくっつきそうなぐらい腹が減って、むしろ痛いくらいだった。
「なぁ、もうしょうがねえからどこでもいんじゃね?」
「ああ……」
「だったら最初の店でいいじゃねえか……」
「うっせえな。男が過ぎたことをぐちぐち言うんじゃねーよ。おら、じゃあ次に見つけた店で決まりな? いいな」
「ああ……」
 もう食えるならなんでもいい。俺は目の前の渋滞に苛立ちながら、ハンドルを切った……。

**――**

 そうこうしてたどり着いたのは古びた店だった。
 いわゆる昔ながらの建物をイメージしているのか、スモークガラスの障子戸で、ひっかき傷みたいなのがいくつもある。
 入り口の足拭きマットは砂がたまっているせいで、「いらっしゃいませ」が読めない。
 一見廃屋かと思えるほどに寂れていたが、営業中の掛札だけは新品のよう。
「どうする?」
「いや、いいから入ろうぜ」
 さすがにもう我慢の限界と、俺らは仕方なしにその店の暖簾を潜った。

 店の中には数年前の生ビールのポスターが貼られており、旬の過ぎたアイドルのおばさん臭いセパレートの水着姿が写り、まるで宇宙人のように緑色がかった肌をしていた。
 煙草や油ものとは違う、妙に暗がりな染みが天井に行くほどに深く黒くなっていて、木で出来た椅子やテーブルには引っ掻き傷がたくさんある。
「いらっしゃいませ……」
 俺らに気付いて店員さんがでてきた。
 こんな店だからどんな化け物が出るかと心配していたが、三角巾で髪をまとめた普通の……、普通ではあるが、なんか病的っていうか、色白で痩せた感じのおばさんが出てきた。
 化粧っ気は他の店のおばさんと同じくほとんどないんだけど、やけに口紅が赤くて、なんか昔のホラー映画にでてきそうな死に化粧を連想しちまう。だって、その艶やかな赤のせいで、おばさんの顔色の白さが際立つんだもん。
「何になさいますか……?」
 おばさんからお品書きを受け取り、開いてみる。どうせこの店もたいした品揃えなんだろうと思って期待はしなかったんだけど……。
 刺身定食:千五十円
「おぉ!」
 予期せぬ一品に俺は思わず叫んでしまった。
「おちつけ馬鹿」
 馬鹿に馬鹿といわれるのは癪だが、さすがに俺のほうがマナー違反。とりあえずおばさんに愛想笑いして、刺身定食を頼む。俊介も信也も同じものを頼んでた。
 やっぱり海なんだし、こういう新鮮な魚介類じゃないとな……。


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