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小春十三の怖い話
【ホラー その他小説】

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その一 海辺の猫-3

**――**

 店の雰囲気から料理に期待していなかったけど、立派なものだった。
 赤身と白身が五切れずつ、それに超細切りのイカがあって、貝も添えられてた。
 ごはん大盛りに、吸い物、新香、他に青菜のお浸し。
 俺は貝紐とか見ると最初に食べちゃうんで、いただきますと同時にこりこりと食べる。
 普段スーパーで買うようなものよりもコクが深く、潮の味わいが口に広がる。もし車じゃなかったら辛口の酒で一杯やりたいぐらいに旨い。
 続いてイカ。細切りはどうなのかなと思っていたけど、甘味深い十分な味だ。俊介の馬鹿は醤油つけすぎでそれを殺してしまってるけど、それでも旨いとかほざいてやがる。
 白いごはんもがんがん進む。お代わり無料とあるし、刺身も大盛り、二杯はいけるな。
「にゃ〜ご……」
 そんなことを考えていたら、いつの間にか足元に猫が擦り寄ってきていた。
「あれ? どこから?」
 クーラーの効いた店内は締め切ってあったし、店の周りには猫の陰なんかなかった。けど、白と茶色の猫が俺のジーパンにすりすり。猫は嫌いじゃないが、定食屋ではちょっとご遠慮願いたい。
「あの、猫が……」
「はいはい……」
 おばさんが白いトレイ片手にやってくる。そして猫を連れて行ってくれると思ったら、なんでかトレイだけ置いてほったらかし。
「あの……」
「はい、この猫、赤身が好きなんで……」
「は?」
 とんちんかんな答えだけ残しておばさんは奥へ引っ込んでいく。
 まさか餌をあげろっての? そりゃないぜ……。だからここ流行らないんだろうな……。
 そんなことを思いながら、猫好きな俺は爪楊枝で赤身の良さそうなところを一枚トレイに落とす。猫はさも当然な様子でそれにかぶりつき始める。
「さてと、俺も……」
 さすがにふた切れやる気にはなれないし、これ以上せがまれても困るんで急いで食べる。当然ごはんのお代わりは忘れずに……。

 運転中、我慢していた尿意に、俺は席を立ってトイレを借りる。
 飯の途中にそういうのは行儀悪いけど、生理現象には逆らえない。もし猫が白身まで食ってたらどうしようかと焦りながら、手を洗って席に戻る。
 そしたら信也が白身をあげるとこだった。
「お、お前も取られたの?」
「ああ。俊介も面白がって餌やるし、そしたら俺にきやがったんだ。しょうがねーからさ」
 どうやら賢い猫らしく、餌をくれた奴からはそれ以上とらないらしい。まるでみかじめ料だ。
「こいつも色々食えてよかったな」
「はは、まったくだ……」
 一切れ取られるわけで悔しいといえば悔しいんだが、刺身の旨さとごはんのお代わりで満足した俺らは文句もなかった。

 食後に出されたお茶を飲みながら財布を出す。いつの間にか猫をどこかへ行ったらしく、見えなくなった。
 今思ったが、このお店のおかしな魚臭さは多分のあの猫が原因だろう。いつのまにか現れて客に魚を要求するわけだ。道理で店が臭くなるわけだ。
 正直、そこを改善できればそれなりに流行ると思うんだけど……。


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