ポートセルミ編 その一 アルマ-3
「オラクルベリーの名うての用心棒、リョカ・ハイヴァニアといえば、ここいらでは有名ですよ」
「え? 貴方、リョカなの!?」
女性はくるっとリョカの前に立つと、その顔をまじまじと見つめる。
瞬きせずにじーっと顔を見つめる彼女。カールさせた睫に強気な猫目。整った鼻梁に煽情的な真っ赤なルージュ。唇はそれほど大きくなく、ややはみ出していた。
健康的な褐色の肌と、おいたのせいでずれた肩紐の日焼けの残り。鎖骨にうっすらときらめく玉の汗に、リョカは自然と唾を飲み込んでいた。
「ふうん……、貴方が……」
「えと、初めまして……」
名乗るつもりもないリョカだったが、その場の雰囲気というか、それ以外に思いつかない。
「そう……。今も用心棒をしているの?」
「えと、今は休業というか、ちょっとサラボナのほうに用があって……」
「サラボナに……、なら都合がいいわね。私はアルパカに行くのよ。ちょっとした商談があってね。貴方、私のボディーガードになりなさい」
「え? でもアルパカじゃ船がないし」
「どうせサラボナ直行便はしばらく出ないわ。それにアルパカの西のレヌール港があるわ。そこからポートセルミに行けばいいでしょ?」
ラインハットで見せてもらった世界地図では、ポートセルミとサラボナは陸続きとなっている。途中山脈を越えての旅路で、陸商隊も多い。護衛の仕事を請けながらのんびりいくことも可能だろう。
「はぁ、でも……」
「はい、決まり! やっぱり私はついてるわ! こんなところでリョカに会えるなんて!」
「はぁ……」
女性はフレッドと呼ばれた老人からシルクの手袋を受け取り身につける。
「ふふ、それじゃあ旅の門出を祝って祝杯ね。さ、行きましょう」
「ですがお嬢様、その前に……」
「……ごめんなさい、フレッド。あとよろしくね」
「お、お嬢様!」
女性は老人に申し訳なさそうに手を合わせるが、その後は何も無かったかのようにリョカの手を引いてカジノを去る。騒ぎを聞きつけてようやくやってきた支配人は、老人と二言三言話していた……。
**――**
連れてこられたのはカジノの地下のビップルーム。
大理石の重厚な壁と、調和のとれた照明、おくから聞こえてくるクラッシクといい、全てが階上のそれとは比べ物にならない。
靴越しに感じる絨毯の感触、そのしっとりとした光沢と品の良いワインレッド。せいぜい一角を切り取った程度でも、リョカの全財産が吹っ飛ぶだろう。
リョカはテーブルの席に案内され、対面に女性が座る。
彼女はなれた様子で「いつもの」といい、値段の書かれていないメニューを渡す。
「えっと、お酒は苦手で……」
「そう? じゃあ私と同じので……」
「畏まりました」
燕尾服の店員は軽くお辞儀をすると音も無く消える。
「あの、ここは?」
「ビップルームよ? ま、貴方みたいな人には縁がないと思うけどね。今日は特別よ」
「はぁ……」
「でさ、なんで貴方、イカサマに気付いたの?」
「え? ああ、それはこれ……」
リョカは印を組み、手で筒を作ってそこに光の精霊を集める。
「レミリアっていうんだ。光の屈折を変えて遠くを見る魔法。ほら、覗いてごらん」
手の筒を女性に差し出すと、彼女は興味深そうにそれを見る。
「へえ……。すごいわね。光の精霊なんてかなり古代の魔法じゃない? よく知ってるわね? いったいいくらしたの?」
魔法の習得には印を組む、詠唱や精霊文字などいくつかある。そのほとんどは口伝であったり、文書で知る必要があり、高位の魔法や希少なものは秘匿され、高額で取引されることが多い。また、攻撃魔法などを年端もいかないものがみだりに唱えることの危険性から、初等火球魔法の使役ですら制限をつける国もある。