友の名-5
サムライは高度2000フィートを軽やかに飛行していた。
先に口を開いたのは、ケインだった。
「…これで良いのか?」
ややたって、スピーカーから声がする。
「…ああ」
「さっきの問いに対する答えが遅れたな。私がケインス・ハイネリア。お前の正式なパイロットだ」
「…ああ。先ほどの会話から検索させてもらった」
口数も少なにマシンが答える。そのまま、操縦桿が自動で左に倒される。
「だが、どうして外に出たがったんだ?」
腕組みをしたままケインは問い掛ける。その声に攻撃的なものは含まれていない。
「さっきも言ったはずだ。私は人々を守る指名を持って生まれた」
マシンが発する声に、ケインは知らずと口元がほころんでいた。
「…なるほどな」
またしばしの沈黙。警戒境界線まで来たサムライはぐぅんと方向を転換して境界線沿いに飛行進路を変更する。
「…もうしばらく行くと、お前が腰を下ろせる海岸がある。少し右側に進路を変更する必要があるが」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、僅かに操縦桿が右に振れた。
「…ふっ」
ケインの顔に穏やかな笑みが浮かんだ。
指示したポイントには5分ほどで到着した。
「なるほど。ここなら確かに街が一望できるな」
そう、そこは小高い丘から急激に落ち込んだ崖となっており、背後には海が広がっている。丘の向こうには街が、ケインたちが住む街が一望できた。
サムライは腕を組んだままその全てを眺めている。
「…どうだ、お前が見たかったものは」
たっぷりした間を置いて、スピーカーが喋りだす。
「………何故、わかった?」
ふ、とケインがかすかに笑った。
「わかるさ」
「…そうか」
あいも変わらない機械音。だが、ケインはその中に照れ臭さのようなものが混じっていたように聞こえた。
「………良い街だろう?」
「…ああ。丁寧に手入れされている畑が続いていた。安心して人々が暮らしている証だな」
そう、ケインにはわかる。
ケインは軍人という存在が好きではない。いや、戦争・戦いという行為、そして全ての兵器がというべきか。それらは破壊を司るから。
それでも、サムライに乗ることまで忌諱するわけではない。
戦うだけが軍ではなく、人を守ることもまた軍なのだから。
兵器もまた然り。
この騒乱の時代、人々を守る力となれるのもまた兵器なのだ。
彼らは眼下に広がる街や、そこに働く人々の小さな光景をいつまでも見つめていた。
と、突然けたたましいブザー音がコクピットに鳴り響いた。
「む?」
見ると緊急通信が入っている。
「サムライ、何だ?」
ケインの問いかけにスピーカーは冷静に返答する。
「私をサムライと呼ばないでくれ。私には相応しい名前がある」
「それは良いから。何があったのか繋ぐんだ」
今度は大人しく通信機が動く。それまでサムライの声だったスピーカーが、セバスの声に取って代わられる。
「あ、坊ちゃま!大変ですじゃ!!」
せっぱつまったセバスの声にケインも知らず厳しい問い方になる。
「何があった!」
「リンドルム国からの武装マシンが侵入、近在の村を襲っているという通報が入ったのでございます」
「わかった」
それだけ聞けば十分である。
この所近隣にあるリンドルムは政局が不安定で、そこからの流れ者が略奪などのためにたびたび責めこんで来るのだ。何時もの事ではあるが、一体連邦政府は何をしているのだろうとケインは腹立たしく思う。
機体のブースターを操作するレバーに彼の手が触れる寸前、くくっと自然に動いた。
それと同時に、ふわっと軽い浮遊感がケインに掛かる。
「場所はわかるか」
「勿論だ、さっきの通信で場所は確認してある」
「では、そこへ向かってくれ」
「了解した」
ブースターを翼のように大きく広げ、サムライが一筋の紅い矢となって青空を切り裂いていく。