友の名-2
「リグっ!リグっ!!」
怒りでどすどすと廊下が震動するがそれに気を払うことなく、ある部屋へと直行していく。
どんどんっと扉を激しくノックする。
「ん、もぉ〜う。そんなに激しくしないでよぉ」
突然の反応に男の拳が止まった。
「…まぁたリグか」
苦々しげに呟く声に扉が反応する。
「あらん、素敵な声。そんな声で囁かれたらあたし、あなたのいうことなら何でも聞いちゃう」
…女性に言われたら嬉しいだろうが、生憎彼は扉にそのような事を言われて喜ぶような性癖を持ち合わせていない。
「ならどけ」
非常に手短な言葉に、扉がぶるぶる震えた。
「んもぅ、イケズ」
「イケズじゃない」
「ああん、そんな意地悪しないでぇ」
「やかましい」
頭がおかしくなりそうだ。
何が楽しくて扉と会話をしているのか…まだ夢の中にいるのかも知れないと思いつつ、ノブに手を掛けた。
「あっ、ああっ、そっ、そんな激しくしないでぇ!だめ、だめ、だめぇぇ!」
ノブを回されるのに併せて艶っぽい悲鳴を上げる扉に、男の顔がやや赤らんだようにも見える。
「ああ…私、もう、お嫁にいけないわ…」
「……」
背後でまだ扉が何ごとかをぶつぶつ言っているが、もう男は気にしていない。
彼は、部屋の大きなデスクに向かい足をぶらぶらさせつつパラケルススの「魔法原理」の英訳本を読んでいた少女を睨み付けていた。
「あ、ケインちゃん!」
「やれやれ、やっと名前が出たか」
男は大きく溜め息をついた。これで作者も心置きなく名前を書ける。
「そんなことは置いておいて。これはなんだリグ」
そう言うと手にしていた件の目覚し時計を彼女に突きつけた。
リグはそれを見て一言。
「目覚し時計」
「…そんなことはわかっている」
机の上にどんっとそれを置くと、ケインは目覚ましのスイッチを叩いてみる。
「アイテェッ」
「これだ」
「これ?」
もう一度叩いてみる。
「イテエッツッテンダロベランメェ!」
「おお、凄い江戸っ子だね☆」
ある意味正鵠を突いたコメントではある。
「そうだな…いやいや、そうではなくて。お前は何か妙だとは思わないのか」
いらだたしげにケインはばしばし連打する。そうすることで内面に燻るものを発散させようとしているみたいだ。
「テヤンデェ、気軽ニ人ノ頭ヲバシバシ叩クンジャネェヤ!」
「そうだよケインちゃん。あんまりバカスカ叩かない方がいいよ?」
真剣な面持ちでそう言ってくるリグに、とうとうケインの怒りが頂点に達した。
「だぁっ!そういうことを言ってるんじゃあないッ!」
今にも握りつぶしそうな勢いで目覚まし時計を掴み挙げる。
「イデデデデデデッ!ナ、中身ガ出チマウ!」
目覚ましの悲壮な叫びに耳を貸すことなくケインは眼前の少女を睨みつけた。
「はっきりいえ。お前、コレに何をした?!」
ようやくその表情からさすがにもう洒落や冗談が通用しないと悟ったのか、リグはすぅーっと顔を横に反らした。
椅子からぴょんと飛び降り、とことことそのまま部屋の外へ向けて歩き出そうとする。
「させるかぃ」
勿論そうさせる訳も無い。
ぐぅんと空いた方の手が伸びてきて、後ろからリグの小さな頭をがっしり捕まえる。
ぎりぎりぎり。
「あだだだだだだだっ、痛いよケインちゃん〜」
手首を捻り、少女の小さな身体を無理やりこちらに向き直らせた。
「もう一度聞く。お前、これに何をした?」
「あ、あう〜」
涙目になっているが、すでにケインの目がらんらんと輝いているのをみてリグもこれ以上は誤魔化せないと理解した。