五日目-6
「はい、もしもし」
『…』
無言?
イタ電かよ!
「誰?」
『…秀君?』
それはみのりさんからの着信だった。
「みのりさん!?」
窓に向かって呼んでも、固く閉じられたまま開く気配がない。
「あのさ、俺…」
『おばさん帰ってきて良かったね』
「…ちがっ」
『え?』
違う。俺はみのりさんといたかったんだ。また一緒に歩きたかったんだ。だけど――…
「あぁ、うん…」
否定ができない。
さっき部屋に来てくれた時、本当の事を全部話そうと思った。俺を見て『高校生みたい』と言われて、もう隠し通せない気がして、全部話して謝ろうと思ってたんだ。きちんと気持ちも伝えるつもりだった。
だけどみのりさんが昔の話をしてくれて、過去にも嘘をつかれた経験があると知らされた。
俺にまで騙されていたと知ったらみのりさんは二度と恋愛をしなくなるかもしれない。そう思ったら、自分が作り出した設定を否定はできない。
『薬、飲んだ?』
「あ、いや、まだ」
『早く良くなってね』
「みのりさん…」
やだやだ、会話が終わる。
そうしたら、もう俺達も終わる。
「あのさ、元気になったらデートの続きを」
『…そんなの、できるわけないでしょ』
「約束したのに」
『相手がいる人と、そんなことできない』
「でも俺は――…」
俺は?
俺は何?
正直に話せるのか?
自分が何者で、今まで嘘ついてましたって、そんなこと言えるわけがない。
理由は、みのりさんが二度と恋愛ができなくなるかもって、みのりさんの為だ。みのりさんの――…
「…違う」
そんなの嘘だ。心の中の深い部分が掲げてるのはそんな立派な理由じゃない。
嫌われたくないだけ。
どうせ叶わない恋なら、いい思い出で終わりたい。嫌われて終わるなんて絶対嫌だ。
だって、どのみちもう会えないのだから――…
『元気でね』
終わりの言葉だ。
俺は終わりたくない。
ずっと窓越しに話せる関係でいたい。
また、手を繋ぎたい。
俺は…
「…みのりさんも、元気で」
あぁ、終わっちゃった。
携帯から聞こえるのが柔らかな声から無機質な機械音に変わった。
「あ――――、クソッ!!!!」
壁に向かって携帯を投げつけた。
どんなに叫んでも喚いても、みのりさんにこの声は届かない。
嘘なんかつかなきゃ良かった。
初めからほんとのこと言えば良かった。
そしたらこんなにも苦しまなくて済んだのに。
また明日も会話ができたのに。
今更後悔しても遅い。
さっきまで確かにみのりさんはこの部屋にいた。
だけど、もう――…
その日以来、みのりさんの部屋の窓は閉ざされたまま動かなかった。
《つづく》