めぐり出会う、薔薇のもとで-3
「…まったくぼっちゃまったら逃げ足の速い…あちらですかな?やれやれ、この老骨を少しはいたわっていただきたいものですわい……」
ようやく追っ手がいなくなったと判って、ボクたちは同じタイミングで息を吐き出した。
「あの…もしかして、隠れてた?」
「あ、ああ…まぁ、ね」
照れ臭そうに鼻の頭をぽりぽり掻いてるその様子にボク、思わずくすって笑っちゃった。だって、あんなに綺麗な人なのにどこか子供っぽいんだもん。
「ねえ?」
「ん?」
「もしかして…君、誰かから逃げてるの?」
ボクの質問に彼はどきりとしたような表情になる。ビンゴ。
「ん…まあ…な」
「…どうして?」
格好を見ると漆黒のタキシードに固めている。雰囲気からしても招待客のはずだけど、そんな人がどうしてこんなとこにいるんだろう。彼は辺りをはばかって小さな声で説明してくれた。
「私は社交界ってものが苦手でね…。今日も執事をしてる爺やにむりやり連れて来られたんだが、どうにも堅苦しくて…」
「それで逃げてたってわけ?」
「…まあ、そういうことだ。それでは私はそろそろ他のところに逃げるとするか」
そう言うとボクをそっと地面に下ろしてくれた。そのまま立ち去ろうとする彼の背中を見て、ボクは慌てて提案してみた。なんか…離れちゃいけない、そんな気になっていたから。
「あ、ちょっ、ちょっと待って!」
「…ん?」
「君さえ良ければいいとこ知ってるけど、そこに行かない?そこなら多分見つかんないと思うよっ」
ボクの提案をしばし不信そうに考え込んでいたけど、すぐに彼は答えを出した。
にこっと笑うと、
「そうだな…それでは案内、お願いしよう…レディ」
その答えに満足したボクは、典雅に微笑みゆっくり手を差し伸べた。
「ふぅむ…立派な噴水だな…」
彼の心底感嘆したような声にボクは内心ちょっと鼻高々になる。
いつもならこんなものを誉められても嬉しくも何ともないんだけど、この時ばかりは違ってた。何せボクと似たような人が一緒だったから。それだけで心がワクワクする。
「えへへ〜、まぁね〜。ここからはボクしか知らない秘密の穴場なんだ〜」
「ほぅ…」
心底感心したような表情をしている。
ここまで話していて、もう一つ判ったことがある。
彼はボクの事を色々尋ねない代わりに、ボクの話をちゃんと聞いていてくれる。
父様だってボクの話をちゃんと聞いてくれたことなんて無い。周りの人はボクの話を聞いていても全部流すか、最後には「皇女だから」って言う風にしか聞いてくれなかった。
ボクにとって、だから彼の対応は至極話しやすいものになっていた。いつしか、ボクはぺらぺらと色んな話をしていたんだ。
「あのね、ここを抜けると目的地にいけるんだよ〜」
「ここって…この生垣の隙間か?」
「うんっ」
言って、ちょっと失敗した事に気付いた。よく考えたら、生垣の隙間を通るのにおもいっきりドレスに泥がついちゃう。彼のタキシードにだって汚れがついちゃうじゃないか。
ボクは自分の間抜けさに泣きたくなった。
さすがに、彼も怒って帰るかも知れない…。
だけど。その心配は要らなかった。
「そうか、じゃあ少し待っててくれ」
それだけ言って彼はタキシードの上着を脱ぐと地面に敷いたんだ。
「これでよし、と。それでは、どうぞ」
あまりに自然に置くので、思わず止めそびれたボク。慌てて尋ねちゃった。
「で、でも…上着が汚れちゃうよ?どうしてそこまでするの?他のとこでいいじゃない」
この時の彼の表情は今でも覚えてる。
心底不思議そうな顔で聞き返されたんだもの。
「どうしてって…君のおすすめ、なのだろう?それを見てみたい」
あまりにも当たり前、という感じの返事に逆にボクの方が困っちゃった。
今まではボクがこう言う事するとみんな怒るか呆れるかしかしなかった。
だから、ボクも本当は良くないことだとばかり思っていたのに。
でも、この人だけは違う。ボクは、この時彼とずっと一緒にいたい…そう思ってた。
「…うんっ、ありがとう。それじゃあ、案内するよっ」