夏の夜-後編--4
「穏やかそうな人ですね」
「うん。とてもね。コーヒーか紅茶飲む?」
「あ、はい」
「どっちがいい?」
「えーっと、コーヒーいいですか?」
「ん」
おねーさんはケトルをコンロにかけて、コーヒーをセットする。
紙ドリップ。
「先輩の家で、コーヒーを淹れてもらったことがあるんです、サイフォンで」
「ああ、アレあったの?私が買ったんだよね」
「そういってました」
先輩の家の近くをうろついた時に、先輩に呼ばれてコーヒーをごちそうになった。
あれがはじまりで。
「あのコが淹れたの?」
「はい、美味しかったですよー」
おねーさんは夕べのクッキーではなくて、ブラウニーを出してくれた。
「これはね、じつは、彼のお姉さんの旦那さんがやってるお店のなの」
「えー。すごーい」
「『ふわり』っていうお店。結構評判がいいんだよ」
「あ、その名前きいたことありますよ」
ローカル誌で何回か。
それと、誰かがプチケーキが美味しいって言ってた。誰だっけ?
泡立つドリップからいい香り。
サーバーに落ちた雫をマグに注いでいく。
「おいしーい」
「美味しいは、幸せと同義なんだって。智美ちゃんの顔みてたら思い出しちゃった。」
「うん。幸せです、おいしい、おいしい」
だって、本当においしいんだもの。
コーヒーもブラウニーも。
すごく嬉しくなっちゃう。
「じゃあ、今度一緒に買いにいく?オマケしてくれるかも」
「え?いいんですか?オマケなんて」
彼氏さんのお姉さんの旦那さんでしょ?
「んー、たぶん、してくれる…かな?あ、パートさんしかいなかったらダメかなあ」
頭を傾げながら考えてる。
まって。相手の家族が周知って、それって……公認?
「もしかして、近々結婚されるとか…」
「ん?わかんない」
おねえさんは首を傾げながら笑った。
「圭さーん、どうすんのー?」
おねーさんは口元に手を添えて、小声で彼氏さんの寝ている部屋に向かって叫ぶフリをした。
それが、なんとも可愛くて。
私たちは口を押えて大声にならないように笑った。
「プロポーズ待ちですか?」
「あ、それはね、つき合い始めた時に言われてるのね、一応」
「きゃー。すってきぃー」
意外。なんだかボンヤリした感じの人なのに。
おねーさんの表情もすごく嬉しそう。
なんかテンション上がっちゃうな。楽しい。
でも、先輩、おねーさんに男がいるって騒ぎ出したの、髭剃り見てからだし。
先輩の家の方は彼氏さんのことを知らないってことよね。