ラインハット編 その六 別れ-7
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ヘンリー凱旋の報は兵士達に瞬く間に広がった。
一応の緘口令こそ強いてはいるものの、人の口に戸は立てられず、もともとヘンリーの指示でその噂も広まっており、時間の問題だろう。
そんな中、ヘンリー達はラインハット王謁見の間へと通された。
「兄さんが戻っていたのは、リック王から聞きました。エンドールを落とした時の話を聞いて、もしやと思いまして……」
かつてヘンリーがエンドール城の抜け道を発見した時のことは、しっかりと子分であるデールにも聞かせていた。それはもしもの時のためではなく、自分が見つけた秘密というものを誰かに自慢げに話したいという子供らしい欲求からだった。
結果、デールは兄の帰還を一足先に察知することができた。彼が名乗りでないのであれば何か理由があるのだろうと気付かぬフリをしていたわけだ。
一方で、アルミナの違和感を知り、独自に調査をするつもりだった。
今回、アルベルトの洗礼を受け、アルミナの監視が外れたことで、彼はトムと共にアルミナを探していた。
本物のアルミナは城の地下の牢屋に居り、なんとか助けることが出来た。その後は教会から火の手が上がっていることから大体のことを察し、母とともに訪れたというわけだ。
「待たせたな、デールよ。だが、俺としてはもう少し格好良く凱旋するつもりだったのだが……」
「そう仰りますが、東国の平定だけでも十分な功績でしょう。これからは兄さんこそが王になるべきです。私はあの日、保身の為に国を売ったのですから」
そう言って玉座を退くデール。ヘンリーもどう切り出そうかと考えていたところであった。元々気の優しいデールに王位は似つかわしくなく、本人もそれを承知なのだろう。
「ふん、戴冠式まではお前が座っていろ。それに、俺にはもう一つやることが残っているからな……」
「兄さん。ですが今日だけは、再会の喜びを分かち合わせてください」
「ああ、そうさせてもらおうか……」
ヘンリーはそういうと、いつになく優しく笑う。デールもまたそれに応えるが、どこかに陰りが見えるのは、今後のデールの処遇を思えばこそ。彼もまた、アルミナと共にこの国を退廃させた一人なのだから……。
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兄弟の再会にリョカは席を辞した。デールは彼の不幸を労いたいと申し出たが、前後の事柄を見ればそれも難しいと理解を示し、かつて教えてもらった禁魔法のお礼だけ述べるに留まった。デールはおぼろげな記憶を頼りに母を戒める鍵を例の魔法で開錠したらしい。
救出されたアルミナはかつての教団との癒着と、ヘンリー誘拐、チップ王の暗殺と、その罪をパパスに被せたことを認めた。
大体のことは今後の裁判により詳細を明らかにされるであろうが、父の汚名は濯がれることとなり、サンタローズ復興への尽力を約束させるに至った。
それらの話し合いのあと、リョカは一人、来賓室に通された。
広くて大きなベッドのある部屋。香の臭いが立ち込め、リラックスした雰囲気にさせてくれた。
「で、どうするつもりかしら?」
しかし、それは例の訪問者のせいで中断させられる。
「彼、貴方のことを部下にするつもりでいるみたいよ? お父さんのことを探すことを餌にしてね」
「そういう言い方は辞めてください」
リョカは彼女を睨み、強い口調でそう言う。
「まあ怖い」
エマはあまり怖がっている様子もなく、部屋にあったティーポットで自分の分だけお茶を注ぐ。
「ねえ、リョカ。答えは決まった? 明日になればヘンリーはマリアを迎えに行くわ。そうしたらもう彼女と結ばれることはないわね」
「マリアはヘンリーの恋人だ。それが自然だ」
「へえ……。友人の恋人と一年間寝所を共にしたのに? かなり不自然だと思うけどね……」
「僕は確かに……、確かにマリアを愛している。もしヘンリーと再会しなければ、きっと僕は……」
父の遺言を破棄し、マリアと添い遂げること。なんの手がかりもなく、ただ漠然と母を捜せなどと、この広い世界で絶望に等しい。リョカが揺らぐのも無理の無いことだった。
「だけど、ヘンリーは生きていた。そしてマリアを向かえにきた。マリアだって僕と一緒の貧乏暮らしよりも、お城お后としての暮らしのほうが良いに決まっている」
「だから身を引くの? やっぱり貴方を選ばなくて正解だわ。王者には似つかわしくない」
腕を組み、落胆した様子で言い切るエマ。
「後悔してもしらないわよ? 本当にいいのね?」
「ええ……。僕にはヘンリーを裏切ることはできませんから……」
その言葉にだけ、エマの半眼が柔らかくなったのだが、それに気付くほどリョカは彼女を見たくなかった……。