異界幻想 断章-7
「さ、指針は決まったし明日のために英気を養わないとな。フラウ、君……」
ティトーの目に、思案が浮かぶ。
「自分の部屋が欲しいか?それともジュリアスと寝るか?」
「んなっ……!?」
何か言いかけたジュリアスを、ティトーは目で制する。
「俺達はどちらでも構わない……君が、選ぶんだ」
フラウの意志を、ティトーは試していた。
「私が……?」
戸惑った声を上げ、フラウはジュリアスを見る。
「……どっちでも。君はどうしたい?」
ティトーの意を汲んだジュリアスは、わざとフラウを突き放す。
自由な選択など縁遠いものだった少女に選ばせるのは酷な気もしたが、やらねばならない事だ。
「……」
しばらく、フラウは考え込んだ。
「……ご迷惑でなければ、お傍にいたく思います」
数日後。
ジュリアスの姿は、カゼルリャ基地にあった。
王都にある事務局に行って入隊手続きを済ませ、今日は新兵訓練……近接格闘の教練を行うのだ。
訓練を担当するのはラザッシュという名の軍曹とその腰巾着のアパイア伍長だったが、これが一言で言えばジュリアスと全く反りが合わなかった。
当座の生活費をティトーから借りたジュリアスは当然ながら馬に乗って基地入りした訳だが、それがたまたま出くわしたラザッシュの癇に触ったらしい。
成人前のガキのくせに馬なんぞ乗りこなして云々と文句をつけ始めたラザッシュに、ジュリアス以外の接してきた人間をことごとく追っ払ってきた馬が見事に噛み付いた。
ジュリアスからすれば警告しようとしたにもかかわらず延々と文句を並べて勝手に噛まれたラザッシュに同情する気は全くないし、入隊志願書にサインした時点で申し込んだ厩舎利用の権利に事務局からは何等の異議もなかった訳だから、単に当然の権利を行使しているだけである。
それを気に食わないと因縁をつけられたのだから、ラザッシュに対する尊敬や好意などは抱きようがない。
ラザッシュとアパイアが吹聴したせいでこのトラブルは多くの下士官が知る所となり、今日の訓練は予定を延期してまで見物にやって来る下士官で人だかりができていた。
「ふん」
小さく鼻を鳴らして、ジュリアスは軽くウォーミングアップを始める。
教練が始まる時刻まで少し余裕があり、ラザッシュとアパイアはまだ姿を見せていない。
ウォーミングアップを済ませると、お互いがのたうちまわる事になるグラウンドの状態を確かめた。
前日のうちにトラップでも仕掛けられているのではないかと思って調べた訳だが、どうやら仕込みは何もなさそうである。
最も……ラザッシュと反りの合わない下士官が見物人の中にいるとしたら、その者の前で卑怯な手段を用いて後々付け込まれるような浅はかな真似はさすがにしないだろう。
「あ、あの……ジュリアス君っ」
上擦った声が背後から聞こえたので、ジュリアスは振り向いた。
同じ日に入隊した同班の少年が、近くにいた。
やたらにびくびくおどおどした態度は小動物を連想させ、自分より年上のこの少年の事をジュリアスはもっと堂々としてろと昨日だけで五回は怒鳴り付けたくなったくらいだ。
どうしてこんな男が入隊したのか、ジュリアスには理解できない。
「き、今日の格闘訓練……勝つ自信、あるの?」
新兵訓練を口実にラザッシュがジュリアスをいびろうと画策しているのは、この男にも分かるらしい。
「……何でそんな事に興味があるんだ?」
ぶっきらぼうに問い返すと、少年は引き攣った笑みを浮かべた。
「ア……アパイア伍長から賭けを持ち掛けられてるんだ。君が負けたら、遠征する時にはケツを差し出せってさ」
「あー……」
心の底から納得した声を、ジュリアスは漏らした。
基地の近くに広がる門前町には、当然ながらいかがわしい楽しみを売り物にする宿がある。
しかし、訓練のために僻地へ遠征すれば当然ながら男ばかり集まった隊ではそういう楽しみとは切り離される。
次第に我慢できなくなる欲求を解消する方法は二つ。
自分で処理するか、男でもいいから他人を蹂躙するかだ。
伍長が後者を選んだ事に、ジュリアスは吐き気を催した。