異界幻想 断章-6
「有能な人材は、いつの時代もどんな場所でも歓迎される。どうだ?」
にっと、ティトーは笑った。
「軍かぁ……」
ジュリアスは、呟いた。
多才な人材を輩出し続けている大公爵家では、軍人も珍しくない。
あと二年で成人という事もあり、働かずに家でだらだら過ごすという選択肢など全く頭にないジュリアスは軍も就職候補の端に入っていた。
なるべく多様な知識と経験を身につけてユートバルトの役に立つ事が、二人の人生に課せられた義務なのだ。
「体力のない俺でも務まるんだから、お前なら問題ないって……体力も腕力も申し分なし。武器の扱いも心得てるし、新兵訓練もすぐ卒業できるだろ」
「そうねぇ……」
ファスティーヌが呟いた。
「下手な所へ働きに出たって、あなたの気性じゃ長く勤まらないわよねぇ……軍なら、いい選択肢かもね」
ジュリアスは、決断した。
「よし。俺、明日は事務局に行ってみる……ファスティーヌ、フラウを預かってくれるか?」
「任せてちょうだい」
フラウの身柄を預かる事を快く了承し、ファスティーヌはフラウを見た。
三人の会話には一切口を挟まず、ただ黙って成り行きを見ている。
外ならぬ、自分に関する事だというのに。
「フラウ……あなたジュリアスと離れる事になるんだけれど、平気なの?」
ファスティーヌの声に、フラウはのろのろと彼女を見た。
「……ご主人様が、お望みでしたら」
およそ自分の意志が感じられない声に、ファスティーヌはぞっとした。
周囲の無慈悲と歪んだ欲望が、彼女を木偶人形に仕立て上げてしまったのだ。
「……ユートバルトに使いを出した方がいい」
心の内を見透かしたように、ティトーが声をかけてきた。
「王室の御典医は確か、腕のいい相談役を兼ねていたはず。アドバイスをもらった方がベターだと思う」
「……そうね」
一つ頷いてから、ティトーはジュリアスに向けて言った。
「そういえば、あの馬はどうするつもりだ?」
言われたジュリアスは、きょとんとした顔になる。
「どうする……って、何を?」
ティトーは思わず、ため息をついた。
「お前の語調からして、俺はお前が実家とは縁を切りたがってるもんだと思ってたんだが?」
「うん」
実にあっさりと頷かれ、こいつは本当に絶縁の意味が分かっているのかとティトーは勘ぐった。
「だったらどうしてうちに馬で乗りつけた?どっちかってぇと、あいつは大公爵家の持ち物扱いだろ。気性も荒くて、うちの馬丁が全員噛まれたって報告が上がってるぞ」
ジュリアスが、気まずそうな顔になる。
「俺とは抜群に相性がいいんだよ。娼館入りする前に親父が退館祝いとして馬を一頭プレゼントしてくれるって言うから牧場に行って品定めしてたらさ、一番の問題児があいつで……あいつ、俺が相手だと無茶苦茶おとなしいらしいんだ」
「そんな気性で退館祝いか……お前以外になつきそうにないな」
一番の問題児が大公爵令息の乗用馬になるのだから、牧場主は気合いを入れて調教を施したに違いない。
「それならどうしようもないな。あの馬はお前と一緒にいるのが一番だろう」
馬の事、フラウの事、ジュリアスの事。
相談するべき事はまとまったように思えるので、ティトーは声を張り上げた。