異界幻想 断章-16
道中で少し手間取ったせいで、水の神殿にたどり着いたのは完全に日が沈んでからだった。
出入口で見張りに立っていた男達へ夜間に訪問した非礼を詫び、ガルヴァイラの紹介状を示して一晩の宿を請う。
軍の派遣した人物という事で、三人は丁寧に迎え入れられた。
翌朝、立会人として必要な神殿長が所用で不在であり、帰ってくるのは三日後なのでマイレンクォードとの対面式はそれまで待って欲しいと神殿長代行から告げられたため、三人は神殿に留まる事となった。
「しっかし、まあ……」
半ば呆れつつ、ジュリアスは言った。
「フラウにあんな特技があったとはね」
「育ちを考えれば無理はないだろ」
ティトーはそう言葉を返すと、腕に力を込める。
「腕力で俺に勝てると思うなよっ」
踏み堪えられるよう、ジュリアスは腰を僅かに落とす。
神殿長が戻ってくるまでこれといってする事のない二人は、体がなまらないよう模擬戦を行って剣術の腕を磨いていた。
軍仕込みの剣術は神殿の護衛兵達にとって興味深いもののようで、離れた場所には非番の兵や神学生がたむろしている。
剣を合わせながら二人が話題にしているのは、フラウが隠していた特技の事だった。
フラウが客として取らされていた男達はやんごとないご身分の方から財をなした商人まで、多岐に渡る。
共通点は、敵が多い。
感心できない性癖を持つ男が満足するために買った生き物が、もしも必殺の一撃を持っていたら?
フラウと一晩過ごすために払われた以上の報酬が用意される場合、フラウの買い主は彼女に命じていた。
極楽にいかせてから、寝首を掻けと。
そのためにフラウは、武器……特にナイフやギャロット(首締め具)のような暗器の扱いに熟達していた。
その腕が遺憾無く発揮されたのが、つい先日……水の神殿へたどり着く前に行われた、野盗の襲撃である。
フラウを人質に取られた二人は、死を覚悟した。
自分を犠牲にすれば相方とフラウを助けられるだろうと、声には出さずとも二人とも考えていたのである。
それを破ったのが、人質になった当のフラウだった。
自分を後ろから羽交い締めにしている男がベルトに挟んでいたナイフを抜き、思い切り切り付けたのだ。
怯んだ野盗の首に腕を巻き付け、フラウは野盗の首を折った。
そこから二人は反撃に転じ、三人は襲撃を乗り切ったのである。
「腕力で勝とうとは思わないなっ!」
ティトーはそう返し、ジュリアスの剣を跳ね返した。
「お前こそ、頭で俺に勝とうと思うなよっ!」
ジュリアスは飛びすさり、体勢を立て直す。
「頭脳労働なんぞ、とっくにお前へ一任してるだろうがっ!」
剣を一振りして己の状態を把握すると、ジュリアスはティトーに打ちかかった。
ティトーは賢い。
しっかりしたモラルを持っているので周囲に行使する事はないが、特に人を陥れるとか化かし合い・騙し討ちの類はまさに一級品である。
通常の神機パイロット候補生が関わらない現神機チームの作戦立案に一役買う事が度々あるのは、その好例と言える。
ジュリアスも頭の切れは悪くないが、ティトーに比べるとまだまだだ。
ティトーほどには頭が回らない分を肉体鍛練に費やした結果、二人は好対照に育った。
ジュリアスには、軍の掌握。
ティトーには、政の総攬。
ユートバルトは二人に、未来の元帥と宰相の地位を期待していた。
国の中枢を担う事になる貴族の子息へ生まれついた事による義務感とユートバルトへの個人的友情から、二人はその期待に応えようと頑張っているのである。
「そうだったな!」
あっはっは、と高い笑い声がティトーの口から漏れた。
「俺は作戦を立てるから、実行はお前に任せたぞっ!」
「おう、任せとけっ!」
剣を打ち合わせながらという物騒なシチュエーションの中で、互いの信頼を露にしている。
模擬戦を真剣に見学していた兵士や神学生は、遠巻きに二人を眺めながらやや呆れたような顔をしているように見えた。
決着はつかないまま、打ち合いは唐突に終了する。
使いの者が、神殿長が明日帰ってくると伝えにきたからだ。
明日、目的が遂げられる。