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異界幻想
【ファンタジー 官能小説】

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異界幻想 断章-17

 その日の晩、ジュリアスにあてがわれた部屋へ来訪者があった。
 誰かと思えば、フラウである。
 無気力に見えるいつもの状態とは違う雰囲気が、彼女の全身から発散していた。
「どうした?」
 とりあえずフラウを部屋に招き入れ、椅子に座らせてからジュリアスは尋ねた。
 こうして自主的に動く事自体がまだまだ珍しいので、夜間の訪問が無礼だとか何の用件だとか考えて、フラウを責める気は全くない。
 むしろ一体何があったかと、興味を掻き立てられていた。
「……」
 フラウは、喋らない。
 口を開くのを促す訳でもなく、ジュリアスはベッドに腰掛けてフラウの行動を待った。
「……お約束を、果たしていただきたく思います」
 しばらくしてから、フラウは呟いた。
「約束?」
 ジュリアスに向けられた視線には……はっきりと、懇願が混じっていた。
「ジュリアス様は、『俺を、普通に受け入れられるかい?』と問われました。私は、あなた様を受け入れられます……ですから、お約束を果たして欲しいのです」
「……」
 驚いて、ジュリアスはフラウを凝視する。
「それとも、お約束は果たしていただけないのですか?」
「嘘は言わない。けど……何があったんだ?」
 フラウの顔が、歪んだ。
「お傍に置いていただいてから、私はずっと体を求められておりません」
 それは、泣き方を知らない故か。
「人以下として扱われてきたこの身を、皆様方は人間として扱ってくださいました」
 声はわなないていても、涙が落ちる事はない。
「けれど……私には、もうどうする事もできません」
 自分を抱き締める腕に、震えが走っている。
「どうしてこのような思いが自分を支配しているのかも分からない。明日の事を考えると胸が苦しくて、叫びたくなって……何をすればいいのか分からないのです」
 ジュリアスを見据える目は、解答を浮かべている。
 ただ、フラウはそれを表現する術を知らないのだ。
「……誰かがこの身の上をよぎっていくほんの一時、私は色々な事を忘れ去れる時がありました。私は、今のこの気持ちを忘れたい。ですからお願いします、お約束を果たしていただけませんか?」
 自分なら、解答を与えられる。
 ジュリアスは一瞬目を閉じると、フラウを招いた。
「こっちへおいで。俺が嘘は言わない事を、証明しよう」
 フラウは、顔をほころばせる。
「ありがとうございます……」
 ジュリアスはいそいそと脇にやって来たフラウを、褥に横たえる。
 少女の上に覆いかぶさると、まずは優しいキスを唇に与えた。
「けどその前に、言わなきゃならない事がある」
 瞼に唇を落とし、ジュリアスは囁いた。
「君が忘れたがっているその感情は、忘れてはいけないものだ」
 耳にキスを繰り返しながら、フラウの夜着に手をかける。
「恐怖。人が持っていて当然で、目を逸らしたって消えない感情……フラウ、君は明日の儀式を怖がっているんだよ」
「怖がって……」
 その時、ジュリアスは目撃した。
 フラウの無感情の象徴……瞳を覆うミルクの膜が、ゆっくりと剥がれ落ちていくのを。
 白い膜の消えた瞳は、人を射抜くように澄み切ったアイスブルーだった。


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