異界幻想 断章-13
「お前達、俺に勝てるくらいに強いか?」
矢をつがえたクロスボウは、新兵達の後ろに狙いをつけた。
「二つめ」
無造作に、矢が放たれる。
「誰も教練をサボっていいとは言ってない」
矢は一人の新兵の鼻先をかすめ、近くの木に突き立った。
「誰か文句のある奴は?」
次の矢を装填し、ジュリアスは一人一人に狙いをつけてみせる。
新兵達が黙り込むと、ジュリアスは薄く笑った。
「文句がないなら各人はクロスボウを手に取れ!」
軍曹顔負けの声を張り上げると、新兵達は立て掛けてあるクロスボウに飛び付いた。
「矢を装填!目標に向かって撃ち方始め!」
ジュリアスの叫びは続く。
ほとんどの新兵は、矢の装填でつまづいた。
ジュリアスは片手で易々と装填していたが、それは彼の怪力あってこその話だ。
力を込めても弦すら引けない連中を一通りどやしつけ、ジュリアスは弦を引くコツと撃ち方の注意点を教え込む。
各自てんでんばらばらに目標へ向かって矢を放つが、全弾命中させられるだけの腕を持つ奴はいなかった。
「力を抜くな!指先に集中しろ!」
一人を怒鳴り付けながら、長くなりそうな気配を感じてジュリアスはこっそりため息をついたのだった。
それからしばらく経った日の事。
食堂で昼食を摂っていると、向かいの席に誰かが座った。
「よう」
挨拶した後、骨付き肉に噛み付いて肉をむしり取る。
「聞いたか?」
向かい席に座ったティトーは、前置きなしに話し始めた。
「マイレンクォードのパイロットが引退するそうだ」
肉を咀嚼して飲み込んでから、ジュリアスは首をかしげた。
「それが?」
ティトーが、ニヤリと笑う。
「忘れたのか?最高位の神機は……」
ジュリアスは、ある事を思い出す。
「本来、軍とは自由契約」
我が意を得たりと、ティトーの笑みが深くなった。
「だから軍は、最高位の神機パイロットにはかなりの好条件をつけて入隊してもらう。どうだ?」
ジュリアスの表情が曇った。
「それでフラウの身請け金を払えって事だろ?」
言われたティトーは、ぽかんとした顔になる。
「いや……お前はマイレンクォードの好みじゃないだろ」
そう反論すると、ティトーは言葉を付け足した。
「フラウ自身だよ。マイレンクォードの好みに、ぴったりだと思う」
「フラウ!」
ファスティーヌの部屋に入ると、そこには美しく着飾った二人がいた。
「あら、久しぶり」
ファスティーヌは落ち着いた声で挨拶すると、ジュリアスの前にフラウを押しやる。
どこもかしこも完璧に美しく、ジュリアスはしばし言葉を失った。
しかし……その瞳は相変わらず暗く濁ったままで、その美を大幅に損ねている。
「フラウ……元気か?」
かける言葉が見当たらず、ジュリアスはとりあえずそう問う。
「はい」
瞳とは裏腹にその声は張りが出て、堂々としていた。
「医者にも見せて、ずいぶん普通になったんだけれど、ね……」
言葉を濁すファスティーヌだが、その答が出ているであろう事は彼女の目が語っていた。
「あと一手は、何だと思う?」
そして、答を口にする。
「この子本来の姿を取り戻すには……ジュリアス、あなたが必要よ」
「……俺?」
本人にとっては意外な一言だったようで、ジュリアスはぽかんとした。