夢幻の杜-3
「ちょっ、そこの人!お待ちくださいませ!」
息も絶え絶えになるほどに根性で疾走すること5分。
ようやく私は、木陰で馬を休め、再び足を止めていたその人影に追いついた。
「え…?」
振り返る長身の背中。
(――男の人!?)
サラサラと、柔らかそうな茶色の髪が陽の光を受けてこぼれ落ち。
驚いたように見開く瞳は淡いグリーン。
(…お、王子様だあぁ…)
いや、どこのどなたか身元なんて知らないんですが。
でも。
その超絶美形な顔といい、すらりとしたスタイルといい、それはまさに物語の中の王子様そのものだった。
「あ、あのですね、私…」
…迂闊。
声を掛けたはいいが、何からどうして話せばよいのかまでは考えてなかった。
「怪しいものではないんですが…」
汗だくのしどろもどろになりながら、次の言葉が出てこないもどかしさに両手を握りしめる。
…ん?
両…手…。
「――そうだ!透けてるんだった!」
うっわ、忘れてた。
これじゃ、どこから見ても素晴らしく完璧な怪しい人じゃないか。
「あ、これはその…気が付いたらチョウチョも通り抜けてたっていうか、何というか…」
慌てふためく私を、最初はポカンと眺めていた王子様だったけれど。
「――大丈夫だよ」
「えっ?」
「僕も始めは同じだったから、大丈夫」
超絶美形な横顔が、ふいにこちらを向いた。
「…始めは?」
思わずまじまじとイケメン王子を眺めてしまうが、彼の身体に透けてるような部分はなかった。
「そう。この世界では、来たばかりの頃は皆そうなってしまうみたい。でも元に戻れるように強く思ってごらん」
(…強く思う?)
いまいちよくわからないけど、こんなカンジでいいのかな?
「どぅえぇ〜い!私の身体よ、姿を露わせぃ!!」
「…ほら。ちゃんと元に戻ったよ」
「――ほんとだ…!」
高く掲げた私の両手。
そこには、よく見慣れた肌の色があった。
こんなアホみたいな呪文でもいいんだ!
「良かったね」
「あ、ありがとうございました」
ふんわりと、優しく微笑む超絶美形。
あ、やだ。
胸がドキドキしてきちゃった。
美形パワー恐るべしだわ。
でも…なんだか淋しそうな笑顔だ。
「不思議な世界だよね、ここは。…君は、いつどこから来たの?」
「え?…え〜っと、倒れていて気が付いたのはつい先程で…どこから来たのかは…」
「…名前は?」
「え、え〜っと…」
どうしよう?
一応、私ってば王女なんていう立場なわけで。
その身元がわかるようなことを、どこの誰かわからない人に話してしまっていいのかしら?
出来損ないの娘だけど、それでもやっぱり、お父様や国に迷惑は掛けたくない。
…わぁぁ、そんなキレイな瞳でみつめないでぇ。
「名前は、アクアといいます。どこから来たのかは…思い出せなくて…」
あぁ、罪悪感。
根がバカ正直だから、嘘をつくことに慣れていないのよ、私。
「そうか、あなたも…」
「へっ?」
「僕も、自分がどこの誰だか思い出すことができないんだ。わかっているのは、『カラン』という名前だけだ…」
そう言って、彼は悲しげに瞳を伏せた。