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熱帯夜
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三日目-1

『奥さん、帰って来れなくなったみたいです』

あの子にとって悲しすぎる知らせなのに、あたしがいる手前強がってるのか、へらへらと笑うだけで愚痴や不満は一切口にしなかった。

デートを中断させられた文句を黙って聞いてくれたのに自分は何も言わない。
あたしより遥かに若くて辛い恋愛をしてるくせに他人に笑顔を向けられる姿は強くて偉いなと思った。


真っ暗な部屋のカーテンの隙間からそっと隣の家を覗く。

おばさんから“秀君”って呼ばれてたよな。
秀…なんだろう。
さっき名前を聞かれた時にあたしも聞けば良かった。
あたしも秀君って呼んでいいのかな。
それともあれはおばさんだけの特別な呼び方なのだろうか。

隣の部屋はうちと同じように真っ暗。違うのはカーテンも窓も閉めず網戸一枚だけの無防備な状態だというとこ。

「…」

窓、開けちゃおうか。

正直に言うと、あたしは秀君に興味があった。
関わったことのない年下の男の子。
隣の奥さんの不倫相手。
他人の家に一人で居座る図々しさ。
珍しい植物や動物を観察するような、決して本人には言えないけどそんな気持ち。

…暑いって、窓を開けるには立派すぎる言い訳だよね。

カラカラと窓がサンを擦る音が夜の静かな空間に響く。完全に開け放つと、程なく隣の窓から秀君がひょっこり顔を出した。

「こんばんは」
「こんばんは」

数時間前に一緒の空間で過ごした時とは違う、そわそわ感が付き纏う。
変な感じ。
直接会話をしているのに別々の空間にいる不自然なこの状況が、非現実的過ぎて落ち着かない。

「暑くて寝れないんですか?」
「うん」
「俺も」
「エアコンつけたら?」
「部屋にはついてないんですって」
「あ、そっか」

他愛のない会話をして、それに対して「ははは」と笑う秀君に少しだけほっとした。

「なんすか?」
「元気そうで良かった」
「元気ですよ」
「泣いてるかと思った」
「俺が!?何で?」
「置き去りにされちゃったから」

こっちは真剣に言ってるのに、

「子供じゃねぇんだから!」

笑い飛ばされてしまった。

「泣いてたら慰めてくれました?」
「泣いてたらね」
「じゃあ泣いてりゃ良かった」
「…」

甘えるような一言に、不覚にもドキドキしてしまった。
これがいわゆる「母性本能をくすぐられる」ってやつか?
この子のこーゆう態度におばさんははまってしまったのかも。

不倫する心境は分からないけど、おばさんが秀君を好きになった理由はちょっとだけ分かった気がした。


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