三日目-8
「行こ、みのりさん」
「…」
逆らうこともできず、と言うより逆らう気もなくってとこか。何を言っても勝てない気がして、諦めたあたしは言われるまま秀君について歩いた。
毎年この時期になると街中の至る所にお祭りを知らせるポスターが張り出される。会場は市内を流れる大きな川の堤防で、川沿いに住むあたしの家からは歩いて数分の距離。
会場に近づくにつれて人の数も増えてきて、未だ慣れない下駄のせいもあってすれ違う人と何度かぶつかった。
やっぱり着替えたら良か…
「っ!?」
宙ぶらりんだった手が秀君の手に捕まれていた。
一瞬彼の顔が浮かんで振り払おうとしたけど、更に強い力でそうさせまいと握り返される。
「はぐれちゃうよ」
手の力強さとは反対に、斜め上から降って来るのは低くて優しい声。
「こ、子供じゃない…」
消えそうな声で反論しても、これだけの人混みじゃ秀君の耳には届いてないだろう。
窓越しじゃ分からなかった身長も、こうして並ぶとよく分かる。あたしより少し高いくらい、彼より頭一つ分小さい…
不思議な気分だった。
彼に見せるはずだった浴衣。
彼と並んで歩くはずだった道のり。
この手だって、彼と繋ぐためのものだったはずなのに。
あたしの隣にいるのは秀君。
「あの木の下でタコ焼き食べましょう」
「うん、いいよ」
「飲み物買ってきます。何がいいですか?」
「生ビール」
「烏龍茶!分っかりました!」
「言ってないし!生ビー…」
オーダーを最後まで聞かずに、秀君は走って人混みの中に消えてしまった。
手に持ったタコ焼きのパックから香るソースのいい匂いが、あたしの胃袋を容赦なく刺激する。
早く戻ってこないかな。
お腹空いた…
帯できつく締め上げた腹部を軽く撫でていると、
「秀徳と一緒にいたよね?」
「…へ」
突然声をかけられて、間抜けな声を発して顔を上げた。
そこにいたのは高校生くらいの男の子。その少し後ろには同じ年くらいの男の子と怪訝そうな顔の女の子のグループがこちらの様子を伺ってる。
なんだ?
ていうか、ひでのり…?
秀…、あ、秀君の友達か。
「秀徳の彼女?」
「ち、違います!あたしは」
言いかけて、ハッとして口を押さえた。
秀君の愛人のお隣さんなんて、絶対言えない…。
でもなんて説明しよう。
知り合い?
友達?
親戚?
あ、親戚いいかも!
「あたしは―…」
「みのりさーん、お待た、せ…」
そこへ秀君が帰ってきた。
片手に烏龍茶のペットボトルを二本、もう片方の手にはこぼれ落ちそうなくらいパンパンに詰められたフライドポテトを持っている。