三日目-3
「お待たせ」
そう言って差し出したのは小さな紙の切れ端。
「俺の携帯の番号」
「えっ」
「デートが駄目になったら連絡ちょうだい」
「だっ、駄目になんかならない!」
「そんなの分かんないでしょ」
「そうだけど、でも――…」
「じゃ、おやすみ!」
「えぇっ」
話すだけ話すと、秀君はあたしに何も言わせずさっさと自分の部屋に戻ってしまった。
「えぇえ〜…」
手に紙切れを握り締めたまま、しばらくそのまま座り込んでいた。
デート駄目になったら俺と行こう?
あたしが秀君と二人で花火を見に行くの?
それって結局デートじゃん!
ていうか、そんなデートの誘い方あるか!?
おかしいでしょ。
あたしには彼氏がいるのに。
秀君にだって――…
親子ほど年の離れた人妻と不倫するような子だ、年上の女の扱いには慣れてるんだろう。
でもね、あたしは慣れてないのよ!
どんな顔で反応したらいいのか分かんないの!
確かに興味はあるよ?
不謹慎だけど秀君って面白そうとか思ったよ?
でもそれはあくまで自分と全く関係ない世界の話しだからよ!
それなのに、デートなんか誘われて――…
「〜〜〜〜っ」
二人で歩いてる姿を想像してドキドキしてる自分が浮気してるみたいで、ブンブンと首を横に振って布団に倒れ込んだ。
花火大会は彼と行くのよ。
今度は中止になんかされない、大丈夫。
彼だって楽しみにしてるって言ってたもん。第一、日曜の夕方から仕事なんて有り得ないし。
だから、秀君とのデートだって有り得ない。
「…」
充電中の携帯の小さな光が横目に映って、寝転がったまま腕を伸ばしてそれを手にとった。
PM11:30。
まだ起きてるかな…
無性に彼の声が聞きたくなった。
彼じゃない人に誘われたくらいでぐらぐらと揺らいでしまった気持ちを固定してほしくて――…
耳元で耳障りなコール音が数回鳴り響いた後、聞こえたのは彼の声ではなかった。
『ただいま電話に出ることができません。もう一度おかけになるか――…』
音声案内を最後まで聞くことなく携帯を閉じた。
寝てたのかな。
起こしちゃったかな…
…声が聞きたかっただけなのに。
ため息をついて、ふと隣の家を見た。
さっきまで秀君と喋っていたのが嘘みたいに静かで暗くて、またため息がこぼれた。