ラインハット編 その五 ドーナッツ-7
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勝利の凱旋を果たしたアルベルトへの賞賛は惜しまれることが無かった。
東夷隊、とりわけ彼が率いる双頭の蛇には、老若男女問わず声援が送られ、アルベルトもそれに応えて手を振っていた。
この三年間にわたる戦争の勝利と終結はラインハット国民を沸かせたが、それは一時のこと。太閤に居座るアルミナはこの度の戦勝に勢いに乗り、西進をほのめかしている。
現状、ケイン老が東国の平定と融和における執務を理由にそれを留めているが、それが何時まで持つかは解らない。
ラインハットは、未だきな臭さを抱えていたのだった……。
「で、いつまでその被り物をしているつもりなんじゃ?」
執務室にてカード片手に顔を歪めるのは時の人、アルベルト。
「外しているだろう?」
カードを切るも、期待値を大幅に超える数字でバースト。
「ふん。そういう意味ではないわい。さっさとあの女狐をなんとかせんかい」
「ふむ。そうしたいのは山々だが、何かおかしくないか?」
「何が?」
「いや、アルミナの雰囲気さ」
「さあ? ワシ、不能になってからは年増の女はどれも同じに見えるんでな」
「まったくこのボケ老人は……。俺の勘違い……にしてはなぁ……」
ブランカ国併合に至り、アルミナとデールによる調印式にアルベルトは遠巻きながら出席した。久しぶりに見るデールはやつれたように見えたが、自分の意思で歩いていることに文字通りの操り人形となったわけでは無いと安堵した。
だが、その隣に傅く存在、アルミナにかなりの違和感を覚えたのも事実。
彼女のその変わらぬ美しさもさることながら、禍々しさがにじみ出るかのような雰囲気に、アルベルトはフルフェイスの下で眉を顰めた。
「そうは言われても、ワシもお前が居ない間、お役御免でオラクルベリーに居たしのぉ。もともとあの女の顔を覚えるほど会っておらんよ?」
「なるほどな。以前を知らぬとなればその違いがわかるはずがないか……」
アルベルトが腕を組み、長考をはじめるとノックの音がした。
「アルベルト様、リョカ殿を連れて来ました……」
リョカと頬のこけた鋭い目の男がやってくる。彼の名はオットー・シュテイン。かつてレイクバニアの役人を務めていた男だった。その後、その有能さを買われ、ラインハット国に任官し、現在はケイン老の補佐を行っている。
「リョカ、やはり着てはくれないか……」
旅人の服を纏ったリョカの姿にアルベルトは嘆息する。
「ごめん。やっぱり気が引けて……」
「うむ。しょうがあるまい、お前にはそう簡単に譲れぬ思いがあるだろうしな……」
「でも安心してよ。君の言った日にはちゃんと着てくるから……。それに僕はあんまりああいう堅苦しい服装は苦手なんだ……」
「ふん。俺もだ……」
そう言って笑い合う二人。その背後でトランプが散らばる音がした。
「お主……、まさか……、パパス殿の?」
目を見開いたケイン老に二人は後ずさる。今まさに大往生とでもいうべき驚愕の表情なのだから。
「ああ、そうだ。紹介していなかったな……。お前の言うとおりだが、何故知っている?」
「えっと、初めてお会いしたような……」
リョカは頭をかきながら申し訳なさそうに言う。