ラインハット編 その四 ラインハットへの帰還-7
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アルベルトがレイクバニアに挑み、三週間ほど経った。その間、彼らは見張りと小規模な弓矢、魔法による小競り合いに終始し、これといった戦果を上げることはなかった。
斥候によって報告されるブランカ国側の状況に、ミハエルはいよいよ敗北、撤退の日が近いと、陣営における散歩の時間が長くなり、既に両の親指を深爪したとのことだ。
ただ、何か、ラインハット国ではなく、ブランカ国に、変化が訪れていたのも事実で、その伝令は、ミハエルの焦燥した目には映らなかった……。
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グランバニア国はラインハルト地方に攻め入る準備をしている。
現状、ブランカに支援をしているのは、その周到なる準備。もともとラインハット国が強行にでた理由も、全てはグランバニア国によるラインハット王家への凶行が理由。
全ては痩せた土地に喘ぐグランバニア国が、沃土と醸すラインハルト地方を妬み、奪うつもりで仕掛けた策謀。
そんな噂が流れ始めたのは、ブランカ国の初戦の痛みが喉元を通過した頃。
「私を解任したいと……、そうおっしゃるのですね?」
栗毛の男は、甘い香りのするブラン・マロンティを啜りながら告げた。
対峙する短髪、角刈りの男はこけた頬と鋭い細目の冷徹な印象を受ける。
最近、栗毛の男はレイクバニアの砦にて一人になることができなかった。トイレ、入浴の時でさえブランカ国兵士の気配を感じるほどだった。ブランカ国に流れた噂が原因だろう。
「われわれブランカの民はグランバニアの好意に感謝しています。初戦の敗走を救い、現状の建て直しができたのも、全てはあなた方おかげ。それはいたみいります。けれど、我らもまた主権を持つ国家として、これ以上は……」
含む物言いをする男に、栗毛の男は頷く。
「私も善意ではないので、貴方達の不安もわかります。その臭みを消せなかった、私が甘かったようですね。このモンブランティのように……」
「ええ、バニアティのような確かな香りに紛れて、ハーブの香りが少し……ね?」
ふっと笑う男が指を鳴らすと、兵士がティーポットを抱えてやってくる。
「でも嫌いじゃないんです。どうか誤解の無いように……」
そして二人分注がれ、最後のティータイムが行われた。
「ああ、そうだ。スコーンの作り方、教えていただきたいのですがよろしいですか? 息子がとても喜んでおりましてね。ペドロ殿」
ペドロは目の前の強面の男、オットー・シュテインが結婚していたことに驚きつつ、子供という言葉に頬が緩んでいた。