ラインハット編 その四 ラインハットへの帰還-3
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「まったくいい気味ね……」
「ふん、あの爺、いつか引導を渡してやる」
部隊がそろうまでの数日間、アルベルトには当間の部屋をあてがわれた。ドアを閉めると同時にエマが姿を現すが、いつもと違い頭を垂れた様子。先ほどの式典と同じ嫌味にアルベルトは舌を噛む。
「でも、貴方が負けるなんて意外だったわ……。あの老人、何かいかさまをしているようには見えなかったけど……」
「ブラックジャックか? 何のことは無い。あいつは場に出たカードを全て記憶していただけだ。俺はせいぜい自分のカードと絵札ぐらいだ。期待値の信頼度を考えれば、勝率も続けるだけ下がる」
「記憶って、百八枚全部? いくらなんでもそれは……」
指折り数えるも直ぐに首を振るエマ。あまり細かなことは得意ではないのだろう。
「カードの裏の傷だけで表を当てることもあった。ことブラックジャックに関しては奴に勝てる気がしない」
「へぇ……。貴方でも勝てない人がいるのね……」
「俺は別に完全無敵のパーフェクトではないぞ? 買いかぶりすぎだ」
そう言ってアルベルトはカードをシャッフルする。エマはそれを見て、彼の対面に座る。
「買いかぶるもなにも、そこまでとは思ってないわ……」
「ふん……」
ならばどこまでかと聞こうとして、目の前に出されたブラックジャックの手札に舌を鳴らすヘンリー。
「そういえば、貴方の偽名のアルベルト・アインスって何? 懐かしいとか言ってたけど……」
「うむ。これはだな……」
だが、かつての師に練磨された弟子が遅れをとるはずもなく、徐々にカードの枚数は……。
「俺に勝てたら教えてやろう」
「調子に乗って……!」
それを挑発と受け取ったエマは、たかがカードゲームに熱くなり始めていた。
アルベルト・アインス。かつてケインが二人の王子に読み聞かせた英雄譚の主人公の名前でしかない。そんなことよりヘンリーは、エマがムキになる様子を意外そうに見つめていた。
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「全員に告ぐ。我らラインハット侵攻軍、双頭の蛇はこれよりブランカ国へ進軍し、東国平定を行う。これはラインハット地方を安定させ、強国とせしめるための大切な戦だ。目前の過小なる戦果に目をくれず、常に大国となる威風を纏え! 我らの勝利こそが、ラインハットの明日を作るのだ!」
エンドール平定を終えたアルベルトにブランカへの進軍の命令が下ったのは、あれから三ヵ月後。アルベルトは進軍に当たり、部下を前に激を飛ばしていた。
部下は全員フルフェイスの兜を脇に持ち、それには緑の三本線とは別に、首が二つに分かれた蛇の印が描かれている。
エンドールを陥落させたのは、降り注ぐ弓矢にも切り結ばれる剣戟にも退かぬアルベルトの勇気と両手に備えた牙にある。
実際は闇夜と地下通路を使った奇襲にすぎないが、いつの間にか大群に少数で攻め入り、乱戦の中で陥落させたと筋書きが異なり始め、彼の額に走る傷も英雄譚の一つとして上書きされていた。
かくしてアルベルト率いる双頭の蛇が、ブランカ陥落を求め、歩を進めることとなった……。