ラインハット編 その四 ラインハットへの帰還-10
レイクバニア制圧において、アルベルトはブランカの敗残兵の一人と面会していた。
本来なら大体の書類を受け取り、本国に送れば残りは官僚間の仕事であり、仕官程度に会う理由も無い。しかし、市街戦の思わぬ展開に、その指揮官と会いたくなり、あえてこの男に会う時間を設けた。
「まるで赤子の手を捻るようなものだったな」
主権委譲に関する書類に目を通しながら、アルベルトはにやりと笑う。
対する男は直立不動の鉄面皮、鋭く冷静な視線には、感情が無いかのように見える。
アルベルトは今でこそ軽口を叩くが、目の前の男が率いたレクイナバでの攻防は予想外であり、物量をもって歩を進めるという不出来な戦果であった。
「冗談だ」
「わかっています」
「ふふ……。ならば重ねて問う。何故にグランバニア国の助力を断った? 木造平屋の砦による防衛など、奴らの魔法部隊があってこそだろうに」
「その質問は不適です。彼らを帰したのは我らではなく、貴方でしょう?」
その答に感心した様子で彼を見るアルベルト。自分としては周到に行ったつもりだが、この男にはばれていた。おそらくは逃げた将軍の手抜かりが今回の勝因であり、ことこの男に勝てたとは素直にいえない。
「そして意味の解らぬ白旗。勝ちを譲ったつもりか?」
「いえ、レイクナバと民衆を守りきるのが私の目的です。守るべき市民の退避が完了したならば、次は部下を守ります。そのためならば私の御印も差し出しましょう」
けして冗談に思えぬ断言に、アルベルトはゴクリと唾を飲む。敗残兵に気圧されるのはいささか癪だが、経験と覚悟なら目の前の男のほうが上だろう。自分は搦め手によるこすっからい勝利を重ねているに過ぎないのだ。
「ふむ……。貴様、ラインハットの将兵として働く気は無いか?」
「私はブランカ国の兵です。いかなる理由があろうと、母国に刃は向けられません」
「なるほどな。だがその国もすぐに落ちる。違うか?」
「貴方が本国に向かうというならそうなりましょう。けれど、貴国のアルミナ・ラインハルトに従うことなどできません。奴こそが此度の戦の元凶。けして頭を傅くには値しません」
「ふふ……、ならばその二つを排除したとき、貴様を我がラインハルト国軍に迎え入れることができるということだな?」
「そう……、なりますな……」
男はようやく表情を崩した。目の前の男、アルベルトが指揮官として優秀なのはわかる。だが、デールはさておきアルミナを排除できるとは思えない。あるとすれば、それはクーデーター……。はっとして頷く男は、もう一つの質問に答える。
「失礼、私の名はオットー・シュテイン。もし貴方がブランカ国を落とした時、私もまたラインハルト地方の平定に協力させてください……」
「ふむ。よろしく頼む」
彼にはまだ、守るべき家族がいるのを思い出した……。
++――++
レイクバニア庁舎近くの迎賓館一室で、アルベルトはデッキを切っていた。
またも蚊帳の外で彼の手腕を見ていたエマは、配られたクラブのジャックに、コールするかを考える。
「人間、猜疑心が働けば、それが強ければ強いほど恐れるものだ」
「そうね」
一枚目はハートの五。コールをすれば七以上でバーストだが、まだ配られ始めたばかりで可能性は低い。対し、アルベルトはダイヤのキングを見せている。
「後はここを平定し、ブランカ本国を残すのみか……」
レイクバニア平定においてオットーが尽力を尽くしていた。彼は元官僚の出身の指揮官であり、内政方面に明るく、自国の安定ならばと参加してくれたのだ。
また、アルベルトの厳しい規律のもと、兵士達の略奪行為を封じることができたのも大きい。中には目を盗み、不当な盗みを働く者も居たが、翌日には背中を大きく割かれた死体となって発見されることが多く、それが兵士達の脅しとなっていた。