二日目-4
「…なんつって」
そんなごまかし方しか思いつかなかった。
「あたし達が一緒に行ったらおばさんが怒っちゃうでしょ」
「ははは…」
どうだろう、別の理由で怒られそうだ。
「それにあたしも約束あるし」
「えっ」
約束?
花火大会に?
それってもしかして、
「…彼氏?」
恐る恐る尋ねると、
「うん」
ほんのり頬を赤らめて照れ臭そうに笑う顔は、昨日からのこの短い時間の中で一番可愛くて綺麗で、
「あー、そうなんすか」
おかげで体の中のドキドキ感が一気に抜け落ちた。
「そうなの、じゃあね」
来た時と同じように回覧板を胸に抱えてお姉さんは出て行った。
彼氏がいると聞かされた以上、さっきみたいに誘う気も引き止める気も起きず、玄関のドアが閉まると同時に蒸し暑いその場にドテッと寝転がった。
なんだ、彼氏いるんだ。
超つまんねぇ!
タンクトップからの肌の露出部分が床のフローリングと密着して、そこがじっとり汗ばんで気持ち悪い。
それでも動く気にはなれなかった。
「はぁ…」
夜中会話をしたその時から、ずっとあの人が気になってた。
しょうもない嘘を本気で信じて、使う必要の無い気を俺や近所の人間にまで使う、言い方は悪いけど呆れるくらいバカ正直な人。
約一日たった今でも俺を愛人だと信じてるって、純粋と言うか、単純と言うか。
「…ふっ」
怒ったり心配したり、くるくる変わる表情を思い出して、つい鼻で笑ってしまった。
そういえば、笑ったとこ見てないな…
彼氏持ちか。
彼氏の前でもあんな顔するのかな。
彼氏の前では笑うのかな。
どうでもいっか。
所詮、人のもんだ。
今夜も窓越しに話せるかなって、ちょっと楽しみにしてたんだけどな。
「あ…」
リビングで電話が鳴ってる。
出るのめんどくさいけど、誰もいないから出るしかないのか。
一人暮らしってそういいもんじゃない。
ゆっくり起き上がって、フラフラと廊下を進んでとりあえず受話器をとった。
「もしもし」
『あ、秀君?』
「なんだ、母さんか」
『あんた、ちゃんと留守番してる?』
「してるって」
『宿題やってる?』
「ぼちぼちね」
『ご飯は?』
「食べてる」
あ――――、うるさ。
誰がこんな奴の愛人になるか!自分でついた嘘にげんなりする。