一日目-2
「あの、し、失礼しまー…す…」
そう言ってお姉さんは何事もなかったように窓を閉めようとした。
やばっ
10年もの間、一度もこんな機会がなかったんだ。このまま閉められたらもう顔を合わせることはないかもしれない。
目の前に可愛いお姉さんが現れたんだぞ?こんな機会を逃すなんて勿体ない!
何とか引き止めなきゃ――…
「お姉さん、覗き魔?」
言った後で激しく後悔。
俺の馬鹿!
まだ話していたいと思っての事とは言え、相手に最悪なレッテルを貼ってどうする!
「違います!暑いから窓を開けただけ!」
「へー?ふーん」
怒らせちゃった。
そりゃそうか。
いきなり痴漢呼ばわりしたのだから無理もないわな。
でもこの人、反応が面白いぞ。言い方は悪いが新しいおもちゃを見つけたような気分。
そんな事を考えてると、お姉さんはキッと俺を睨みつけてきた。
「…何すか」
「あなた、どちら様?」
「……………は?」
「だって、お隣りのご主人は単身赴任で、お母さんと小学生の子がいるだけなのに」
「………」
「あ、親戚の方とか?」
「いや、いやいや」
「じゃあ――」
この人、俺の事覚えてない?
いや、覚えてるとかそんな次元の話じゃない。
10年経ったら成長するって、生物の根本的なことが頭から丸々抜けてる。
この人の中の俺は未だ小学生の姿のまま。高校生の俺は、いるはずのない人間ということになる。
「…」
ちょっとくらい、からかってもいいよね。
いたずら心に火がついて、ついつい口元が緩む。
「…誰にも言わない?」
「え」
「俺の事、秘密にできる?」
意味ありげな言い回しと真面目な顔で、お姉さんの表情が少し硬くなる。
反応が楽しみで緩みっぱなしの口を引き締めると、網戸を開けて顔を近づけるよう手招きした。
「俺さ、」
「うん」
「ここんちの奥さんの、」
「うん」
「愛人」
なんつって。
さぁ、どんな反応するのかな。
「…」
あれ、無反応?
何だ、つまんない。ていうか、あまりにもしょうもない嘘だから声も出ないとか――…
「えぇえむぐっ」
絶叫しかけた口を慌てて塞いだ。