異界幻想ゼヴ・エザカール-1
「じゃ、行ってきます」
簡素な旅着姿のティトーがそう言うと、見送る側のザッフェレルが鷹揚に頷いた。
「うむ。道中、気をつけるがよい」
ゆっくり片目をつぶると、ティトーは馬に飛び乗る。
荷馬を連れて先で待つ三人の元へ、馬を走らせた。
ジュリアスが乗るのは、愛馬『黒星(こくせい)』号。
白い馬体の眉間に黒い星が付いた、分かりやすい由来の名前を持つ馬だ。
フラウとティトーは基地内で飼育されている、特定の主人を持たない馬を借り受けていた。
そして深花だが……馬と同じくらいの大きさをした、年老いた鳥に乗っている。
分類名を疾駆鳥(しっくちょう)と言い、短距離の移動であれば馬よりも速く快適な乗り心地から市民の間では慣れ親しんでいる乗用鳥だ。
特にこの個体は長年人を乗せ慣れている経験豊富な鳥で、馬術の心得がない深花でも容易に扱えるという理由から、今回深花の供に選ばれている。
「さて、行こうか」
ティトーが追い付くと、三人はゆっくり歩き出した。
「出立には、いい日和じゃないか」
抜けるように青い空を見上げながら、ジュリアスが呟く。
同意するように、馬がいなないた。
「そんなに走りたいか……久しぶりだもんな」
斥候に出てくると言い訳して、ジュリアスは少し先まで走っていってしまった。
「……うきうきしてますねぇ」
深花が呟くと、鳥が同意と言わんばかりに鳴いた。
「ま、短期でも旅行許可が下りるのは珍しいしな。満喫したい気持ちは分からんでもない」
マントを羽織り直しながら、ティトーは言う。
「中身は、洒落にならないけどね」
フラウの突っ込みに、二人は苦笑した。
「ごめんなさい、わがまま通しちゃって……」
「気にするな。折れたのはザッフェレルだしな」
「久しぶりに基地から離れる事ができて、羽が伸ばせそうだしね」
二人の気遣いに、深花は感謝する。
「水臭い事は言いっこなし。俺達は仲間なんだから」
ティトーの目が、悪戯っぽく輝いた。
「道中は長いんだ。尻が痛くならないように気をつけとけよ」
「はい」
一見すると冗談のようだが、普通の人間にとっては冗談ではない。
体の損傷による日程の遅延は、憂慮してしかるべき案件なのだ。
特に深花のような旅に慣れていない人間にとって、快適な疾駆鳥に乗っていてもそのような事態は避けられない。
とは言っても精霊の特別な祝福を受けた人間の超回復力の前には全く問題にはならず、ティトーの冗談だというのは返事をした後に気づいた。
「本当に、綺麗な空」
所々に白い雲の浮かぶ空を見上げて、深花は呟いた。
鳥の背に揺られながら、あの時の事を思い出す……。
「私の神機は、どこにあるんですか?」
深花の発言に、四人は凍り付いた。
「あー……」
何か言おうとしたティトーだが、言う事が見つからずに黙り込む。
「それは……」
居心地悪そうに、フラウは身じろぎした。
「なんだいきなり」
多少驚いた風ではあるが、ひどい動揺は見せずにジュリアスは尋ねる。
「何故、そのような考えに至ったのかな?」
落ち着き払っているとすら表現できる声で、ザッフェレルは質問した。
「これです」
深花は、胸元の宝石を示す。
「神機とパイロットの繋がりの証。それがここにあるのなら、私の神機もどこかにあるのでしょう?」
ただ一度、ジュリアスが叫んだ言葉。
炎の神機レグヅィオルシュと似た韻を踏む、精霊の名。
「土の神機、バランフォルシュはどこにあるんですか?」
もう一度、深花は問う。
「ある事はある。だけど稼動させる事はないな」
メイン料理と一緒に出されたパンをちぎりながら、ジュリアスが答えた。
「ジュリアス」
ティトーの咎めに、ジュリアスは平然としている。