異界幻想ゼヴ・エザカール-18
「偏見を理解するのは容易だけれど、偏見を矯正するのは難しい。だからジュリアスのお父上は希少な人間を傍に置く事によって、その人間がどのような扱いを受けるかを学ばせたかった。そのために選ばれたのが、あたし」
腰の圧迫感が、マイノリティたる理由。
予想はついたものの、かける言葉は見当たらない。
腕を優しく振りほどき、深花は体を向き合わせた。
美しい顔。
華奢な体。
豊満な胸。
くびれた腰。
今は見えない尻も、高い位置で盛り上がっている。
腰の中心……女性ならば何もない場所に、フラウは違うものがあった。
二つの性を持つ事が、フラウの秘密だったのだ。
この秘密ゆえにティトーはマイレンクォードへの同乗を渋り、後回しにしていたのである。
誰よりも女らしい体を持ちながら、純粋に女とは呼べない人間。
「フラウさん……」
「おぞましい、かしら?」
答える前から深花の反応を予測しているのか、フラウは弱々しい笑みを浮かべている。
おそらく……深花に拒否され、罵られるだろうと。
「おぞましいなんて……!」
このまま何もしないでいれば、確実にフラウの心は抉られる。
「そんな事全然思いません!」
そう思ったら、体は勝手に動いていた。
今までとは逆に、フラウを抱き締める。
「そりゃ確かに驚きましたけど……何だったらペンダントを合わせてください。私の中に、フラウさんを差別したり嫌う気持ちはありませんから」
そこまで保証されるとは思わなかったらしく、フラウはぽかんと口を開けた。
「フラウさんの事、嫌ったりしません」
重ねて深花が言うと……フラウは、深花を抱き締め返す。
「ありがとう……」
絞り出した声は、涙でわなないている。
「あたしを嫌悪感なく受け入れてくれたのは、あなたで三人目。女じゃ、初めてよ」
「他の二人は……ジュリアスとティトーさんですか?」
フラウは、無言で頷く。
「両親でさえ受け入れなかったあたしを受け入れてくれたのは、あなた達だけ。だから、本当に嬉しいの……!」
深花の脳裏を、ファスティーヌの顔がよぎった。
彼女もたぶん、フラウの秘密を知っているのではないか。
初めて見た二人は、いやに素っ気ない気もしたが……。
「……あれ?」
急に、視界が歪んだ気がした。
抱き締めているフラウに寄り掛かり、大きく息を吐く。
「あ……の、のぼせて……」
フラウの胸に顔を埋めたまま、深花は意識を手放した。
水を含んだおしぼりが、額に当てられる。
「あ……」
思わず呟いて目を開くと、顔を覗き込まれた。
柔らかな微笑みを湛えたフラウが、視界に映る。
「フラウさん……」
「二人とも、困ってたわよ」
フラウは、くすくす笑った。
「あなたが失神しちゃったから神機のパワーが落ちちゃって、殴り合いが続けられなくなったって」
「……あ!」
慌てて体を起こそうとした深花を、フラウはやんわり押し止める。
「事情を説明したら、ちゃんと休めって言われたわ。それと……」
何故か、フラウは言い淀む。
「二人からメッセージ。ティトーからは、『フラウを受け入れてくれて感謝する』。ジュリアスからは……『お前なら大丈夫だと思った。口を出さないで正解だった』って」
ジュリアスのメッセージに、深花は赤くなった。
「何か信頼されてますねー。人の事はまだまだ未熟とか考えてたくせに」
照れ隠しに呟くと、フラウは首をかしげる。
「あ……前、偶然ですけどペンダントがぶつかった事があって。その時ジュリアスは、私の事を未熟だけど仲間だって思ってたんです」
そう弁解して、深花は起き上がった。