異界幻想ゼヴ・エザカール-13
「いつ……あんたはいつ、気づいたんだ?」
唸るように、ラアトは尋ねた。
「最初からに決まってんだろうボケナス」
小馬鹿にした調子で、ティトーは言う。
「戒厳令発動なんて洒落にならん状況下で部屋を抜け出してのうのうと話しかけてくる男を怪しまないのは、人を疑う事に慣れない人間だけだ」
「最初から、か……まんまと騙されちゃったなぁ」
ふてぶてしい笑みを、ラアトは浮かべた。
「リオ・ゼネルヴァから逃げ出したミルカなんかとバランフォルシュ様を接触なんてさせたら、バランフォルシュ様が穢されるよ」
言葉を吐き捨てたその表情は、ひどく憎々しげだった。
「あのキスのおぞましい事といったら!怒鳴り付けたいのを堪えるのに、すごく苦労したよ」
「……深花」
悲しくも残念そうな声で、ティトーは言った。
「これが『非歓迎派』の意見だ。あのキスで、せめて意見を変えてくれる事を願ってたんだがな」
「変える訳がないだろう!裏切り者の孫娘が至高の宝石を保持している事すら、我慢ならないというのに!」
「どうしてバランフォルシュが深花からペンダントを取り上げないで預けたままにしてるのか、興味は湧かないか?」
ティトーの言葉に、ラアトは一瞬虚を突かれた表情になる。
「そ……そんなの!」
しかしすぐに態勢を立て直し、吐き捨てた。
「興味はない!」
「俺は大有りだ。さっさと本殿を落として、深花をバランフォルシュと対面させたい」
心変わりはないと判断したか、ティトーはラアトに背を向けた。
「残念だよ、ラアト」
破城槌が神殿入り口に攻撃をかける直前、神殿から降伏信号が出た。
こちらから何人かが出向き、神殿の中に入る。
中の人間を捕縛したと報告を受けてから、四人は神殿内へ足を踏み入れた。
土の精霊を祀るために建てられた神殿の内部は、豪奢そのものと言っていい。
大罪人の罪咎を負っているのはあくまでも祖母だけで、バランフォルシュに対する信仰に衰えがない事が窺えた。
向こう正面には神像でも建てられているかと思ったが、巨大な鏡が壁として存在しているのみ。
その質感は金管楽器に使われる黄銅と似ているが、比べ物にならない存在感を放っている。
「さて、神殿長はどいつだ?」
縛り上げられた連中を前にして、ティトーは尋ねた。
「こんな血迷った事を仕出かしたノータリンのツラくらい拝ませてもらわないと、割に合わないよなぁ」
それを聞いたリーダー格の男が、呆気に取られた顔をする。
「あんたら、神殿長の事はもう取っ捕まえてるじゃないか」
「え?」
「はい?」
「何だって!?」
「……ラアトが!?」
四者四様の反応に、リーダー格の方が驚いた。
「自称神学生のラアト君の身柄は拘束させてもらうって、言ってたじゃないか。あのラアトが、神殿長なんだぜ?」
「ちょ……ラアトを連れてくる!」
慌ただしく出ていったジュリアスは、すぐにラアトを連れてきた。
「お前が神殿長だって!?」
ラアトは、唇を歪めた。
「正確には、神殿長代行だけどね」
「……神殿長は、どこにいるんだ?」
ティトーの問いに、ラアトは肩をすくめるそぶりを見せる。
「神殿長は、僕の父さ。張り切りすぎて、あんたらが来る前に心臓の発作を起こしてバランフォルシュ様の元に召されたけど」
間抜けな末路に、四人は唖然とする。
「父はミルカが恐かった。僕はミルカが憎らしかった。互いの利害が一致したから、僕は神殿封鎖を続けたんだ」
「お前が神殿長か〜……」
さすがにそれは予想外だったか、ティトーが頭を掻く。
「じゃあ、最大に屈辱な所を見ていてもらおうか。深花、あそこに手をつけばバランフォルシュがいる場所へ跳べるはずだ。やってみな」
顎をしゃくって、ティトーは向こう正面の壁を指し示した。